朝。
蝉よりカラスの声が勝っている。
昨日そう思っていたのだが、それはゴミの日と関係あるのかもしれない。
今朝は蝉でもカラスでもなく名のわからぬ鳥の声が賑やかだった。
なんとなく聴いていた英会話のCDで、「日本人の好きな食べ物は?」という質問があり、答えは「寿司と刺身です」と言う。
三歳の頃、わたしはマグロの刺身が非常に好きだったらしい。
父方の大叔母の家に行くと、必ず出前の寿司を取ってくれた。わたしはマグロばかり選んで食べていたらしい。
贅沢だと思われたかもしれないが、ご安心を。トロではなく赤身です。わきまえている子どもだと言いたいところだが、トロは注文のランクには入ってなかったはずである。とにかくマグロの赤身が大好きだったそうだ。
年月が経ち、中学生になった位から、わたしは生の魚が好きでなくなっていった。
自分の嗜好の法則や原因というのはまったくわからない。
大叔母の家に行く。または行かなくても、同居の祖母や父が大叔母の家へ行ったときは必ず、余った寿司がわたしのいる家に持ち帰られた。
祖母やら大叔母やらわたしの3歳の様子を知っている者たちは、ほらあんた好きなマグロだマグロを食べろとわたしに言い、その時は小さい子どものように卵とか蒸しエビとかかっぱ巻きが好きになっていたのだが、わたし用に取り皿に乗せられてしまったマグロ3、4貫をまず平らげなければ卵に行けなかった。祖母らには「もう好きじゃない」が通用しなかった。何度言っても。
つらかった。
生の魚を食べるときに匂いというのか鼻に抜ける感じが苦手になっていた。あれは単に新鮮でなかったからなのか。そして叔母の取ってくれる寿司は、ネタが大きいのも厳しかった。今で言う百円寿司のマグロの4,5倍の厚みだった。
そして今。
好きな食べ物は?と聞かれて寿司と刺身を挙げる日本人にはなっていないが、ほんの時々回転寿司には楽しんで行くし、刺身が食べたいかなと思うことも年に数回ある。この場合の刺身というのはマグロで、ここに来て三つ子の魂がややよみがえったらしい。実家に帰ると三日いれば一度は刺身を母が用意してくれたりし、ありがたく頂く。
そして、けれども、なんとなく気づいている。
自分には刺身の美味しさが分かる舌がない。
母の買って来てくれたマグロを食べても、それがどの位の美味しさなのか判定できない。今好きな寿司ネタの一つは鉄火巻だが、あれは海苔が美味しければ合格だし。
味覚の優れた人などは刺身を口にして、「香りがすばらしい」等と言ったりする。
臭いのはわかるが、刺身のすばらしい香りってどんなふうなのだろう。
もう一つ好きなネタ、イカ。これはちょっと判るかもしれない。しかしイカならまず見た目の透明感でだいたいの所は予想がつく。
「私は舌がバカ」とはっきり認める母もイカが好き。他に蟹、エビ。甲殻類ばかり。生の魚は好きじゃない。自分はこの血を引いていると思う。残念だ。
小腹が空いたのでバナナの皮をむく。
ああ、調度よく熟れたバナナの香りはなんてステキ。