何が効くか


 今年に入り、トイレにカレンダーをおいてみた。

 貰いものの某野菜ジュースメーカーのそのカレンダーには、大きな野菜の写真が瑞々しく載っていて、トイレの中で見るのに良さそうだったから。ちなみに1月は赤いイチゴで2月は緑のハナッコリー(ブロッコリーと中国野菜の掛け合わせ)だ。

 今月に入り、ある日ふと思いついて、お通じがあった日には〇を点けることにした。
 ちょぼんとした”出”だった時は小さい〇、ご機嫌な”出”だったらば大きな○がつく。

 今のところ、3分の2以上に○がついている。
 便秘症だった自分にしては、かなりな好成績と言える。
 うれしい。

 自分の腸内細菌が良い方向に変化したのではないかと、希望的に推測するのだが、思い当る理由としてクコに実の他に一つ、朝摂取する水分量が多くなったからというのがある。
 湯飲み茶わんにたっぷり2杯のお茶と、それからたっぷり一杯のコーヒーを飲む。それから牛乳も飲む。朝食には味噌汁またはスープも。元々水分をよく摂るほうではないのだが、朝起きてからご飯を食べて一息つくまでの間は、やけにぐいぐい飲めるのだ。前の晩に水分摂取を制限してもいない。
 そういえば、午後5時以降は飲まないようにしていたコーヒーを6時ごろに飲むようになった。仕事から帰るとコーヒーが飲みたいと思うようになったから。だから夕食前に一杯。
 おかげでいつになくインスタントコーヒーがどんどん減っていく。

 お。そんなことを言っていたら、ホラ、トイレへ行きたくなってきた。


 

 

育ちつつ

  わさび菜①


 淡い黄緑のこの方は、2週間前に朝市で買ったわさび菜の分身。

 一束50円のわさび菜の根っこの部分をひとつとっておいて、水に浸した。
 こないだ大根の葉の部分で同様にしたものはダメだった。葉先が枯れて茶色くちりちりになってしまった。日の光がたくさん当たれば育ちも早いだろうと、屋外の日当たりのよい所に一日中出しておいた。当たり過ぎて焼け死にしてしまった。

 今度のわさび菜は、育てようと思いついたのが買って4日ほど経ってからだったが、一日中部屋の中にいて、それも特別日当たりがよい所ではないのだが、ゆっくりゆっくりすこーしづつ育っている。水の中には白く細い髭のような根がのびているのが見える。

 サラダ一食分になるくらいに大きくなるだろうか。
 ならなくてもいいやと思う。 
 小さいけれどもきれいな黄緑が上に伸びているのがうれしい。


     わさび菜②



     


 真冬並みの気温の日がまだあるが、日中の日差しにはしっかり春を感じるようになった。

 バイト先で動いていると、寒い日でも羽織ったカーデイガンを脱ぐようになり、厚めのタイツも鬱陶しくなってきた。

 朝起きるのにも、「さむいイヤイヤ」という身体の声がしなくなってきた。


 そんな中、一回り年上の友人から来たメールには、「初めて冬を惜しむ気持ちを自分に認めた」とあった。
 私はまだそのような段階には行っていない。
 だいたい冬に限らず「季節を惜しむ」という気持ちを味わったことがあったろうか。「桜が散っちゃったなあ」など分かりやすい確認はある。また「早く秋にならないか」と希望することはあるけれども。

 開いたある雑誌の中に生活評論家の吉沢久子氏が言っていた。
 「40代なんて子どもみたいなもの、50代からがおもしろくなってくるんです」
 吉沢氏は98歳。


 10年後の自分はどうなっているだろうか。

節分でした


おに2


 立春の本日、晴天。暖か。

 バイトのある日に雨が降るのも嫌なものだが、休日に晴れれば気持ち良くのんびり過ごせる。
 朝ラジオから流れた小沢健二の軽い歌が口からこぼれて、少しばかりまた気持ち良くなった。


 昨日は節分だったが、一人暮らしを始めてから豆まきをしていない。
 今年もやる予定はなかったが、こないだ母から送られてきた荷物に、袋入りの鬼があったので、彼らを窓と玄関に向かってそれぞれ投げた。赤い方を玄関に投げたら、戸に当たって「ガン」という予想外の強い音がしたので、おもわず「ごめん」と言った。袋の中の白い豆は割れていなかったのでよかった。
 
 節分に恵方巻きを食べるのは、いつからこんなに広まったのだったか。関西の風習だそうだが、ここらの人々も今やそれを受け入れて災いから逃れようとしている。わたしはそれに習わず今まで恵方巻きを食べたことはない。
 風呂から上がったらCメールが母から来ていて、「まめまきもすませ、恵方巻きをたべました」とあった。恵方巻きを漢字で書けているな、と思った後、恵方巻きたべたのかあと思った。

 夕食は自分で漬けてみたキムチを使ったキムチ鍋を食べ、食後に鬼の中のやけに真ん丸な白い豆を口に入れた。
 鬼の中の豆は、チョコレートだった。
 節分には豆。チョコレートでは気分がのらない。


  おに1

顎と舌


 20年近くも前の自分の声を聴いた。

 
 1年生と喋っている声だ。一応、授業の声を録音したようだが、何のために録ったのかよくわからない。研究のため等ではなく、ただ録ってみたようだ。

 今や二十歳を越した当時の一年生たちの声はとても可愛らしくて可笑しい。そして懐かしい。
 聴いた日の夜は、寝る時に彼らの声が自然とよみがえって、しばらく脳内再生していた。
 声が録音されたカセットテープは実家に眠っており、他のものを録音しようと思って持ってきたのだが、それは中止となり、シールに”1年生保存版”と書いて貼りつけた。

 しかしそのテープには自分の声も入っているわけで、嫌でも聴くことになった。
 まだ若かった自分の喋り方は、かなりつっけんどんに聞こえた。
 そしてよく聴くと、舌足らずだ。
 現在の自分は、なめらかに舌が回らないのは明らかだ。これは人前で喋ることがなくなってから、頭を使わなくなってからだと思っていたが、そうでもなかったらしい。
 舌足らずになった原因を考えていて一つ思い当ったことがある。
 顎が出てきたことだ。
 子どもの頃、わたしの下あごは前に出ていなかった。正常位置に収まっていた。しかし、今や顎関節症と診断されるように、顎がずれている。「イー」と言うように歯をむき出すと、下の歯が前に出ている。ものまね芸人のコロッケが岩崎宏美のまねをする時のあの顎の軽度のやつである。
 この下顎のずれによって、舌足らずが引き起こされたのではないかというのがワタクシの考えなのです。

 ずれはいつ頃から始まったのか。
 それがどうも高校の頃ではないかということが、これも実家に保存されていた卒業写真によって判明した。

 
 いずれ実家には弟家族が住むようになる予定なので、徐々に自分の部屋や残してあるものを整理していかないとと思っている。
 帰省の度に少しづつやっている。
 金目のものは何も出てこないが、忘れていた、あるいは新発見の自分に関するものが、まだまだ見つかるかもしれない。


 
 

プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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