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72代


 72代横綱 稀勢の里が誕生した。

 72という数字は稀勢の里に合っている感じがする。

 稀勢の里が横綱になることには、あまり関心がなかったが、なったからには応援してしまうと思う。
 どの横綱も、綱を取ってから頑張っているんだろうと思うし、稀勢の里はきっと真面目に精進するだろう。
 これからどんな成績や結果を残していくかわからないが、だめな成績になっても、気持ちだけは強く持って面白い相撲を取ってもらいたい。ガンバレ稀勢の里。


 少し前に知り合いになったお宅のぼっちゃんは、小学2年生。
 先日会った時はおじいちゃんといた。そして二人で力士の呼び出しをしあっていた。
 「きせーのさとー」とおじいちゃんが言うと、ぼっちゃんの声で「ごうえいどうー」と聞こえてきた。
 声の溜めといい、高低の付け方といい、2年生のぼっちゃんは、おじいちゃんの上を行くうまさだった。
 「ぼく大相撲だいすき!」
 とぼっちゃんは言った。そして、
 「大砂嵐が一番好き!」
 と言った。
 ぼっちゃんはすこーし障害があるが、力士呼び出しにおいて、あれほど上手にできる小学生はそうそういないだろう。


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もちいももち

  とちもち

 日本人の餅の消費量は年々減少しているという。
 米離れ、餅離れ。
 かく言う自分は、米は常食しているが餅にはあまり関心が無い。

 しかしここの所、餅を食べる日が続いている。
 というのは、友人と母から餅を貰ったからである。

 上の写真の餅は黄味がかっているが、これはとち餅だから。
 栃の実をすりつぶしたものが入っているのだろうか。素朴な風味のする餅だ。
 けれども強い癖はないので、醤油をつけすぎないようにして食べている。
 
 干し芋も、両者から貰った。
 友人からのは安納芋の干したので、すごく柔らかく甘く、そのまま齧って頂いた。
 写真のは母からので、封を切ったのをこちらに回してきたらしく、固かった。これをとち餅と一緒に焼いたら、香ばしくて味は良かったのだが、時間が経って冷めたら更に固くなった。
 それで、翌日は電子レンジに入れてみた。
 カップに注いだ牛乳も温めたかったので、そのカップの上に干しイモを乗せ、同時に温めるという横着をした。途中でレンジのドアを開けた拍子に芋が牛乳の中に落ちた。ああと声が出たが、そのままもう少し温めて食べた。
 牛乳に漬かった干しイモは、柔らかくなってまずまず良かった。そして、芋を受け止めた牛乳は、芋の甘味も受け止めたようで、甘さを増しておった。

 
 そして今日は、昼食にぜんざい。
 母からの白い餅で。

   ぜんざい

 米屋さんの作った白い餅もうまかった。

今日


 千秋楽を前に稀勢の里の優勝が決まった。

 ライブでのラジオ放送は聴けなかったのだが、7時のニュースのトップで取り上げられた取り組みの音源を聴き、拍手しながら「おめでとう稀勢の里」と言った。

 稀勢の里の横綱昇進が審議に上がるかもと言われている。すれば若乃花以来19年ぶりの日本人横綱とか。
 でも、昇進しなくてもいいと思う。
 わたしたちを楽しませてくれればいいと思う。
 
 力士たちが好取組をしてくれればいい。
 今場所だって、横綱二人が休場になり大関陣も芳しくなかったが、第一に稀勢の里だがその他若手も楽しませてくれた。
 幕下に安美錦ががんばっているのを知って、ちょっとうれしかった。
 だいたい近ごろ、四股名を聞いてもそれが日本人だかモンゴル人だかわからないことだってある。

 それでも日本人横綱が誕生したら、やっぱり相撲人気は高まるのだろうか。

 
 今日の千秋楽、稀勢の里・白鵬戦。
 稀勢の里、勝ってほしいなあ。

 


とち餅

おばさんの野生


 雪で白くなった朝、地下鉄に乗った。

 電車が遅れているというアナウンスがあり、私はプラットホームにあるベンチに腰を下ろした。
 隣に70歳くらいかと思われるマスクをしたおばさんが座っていた。
 私が座ったかどうかというタイミングでおばさんが話しかけてきた。
 口を覆ったマスクを下にずらしながら、
 「その上着(私が来ていたもの)いいわねえ。わたしのは去年まで使ってたのがチャックが壊れちゃって、それでこれに買い替えたの。去年までのはけっこういいやつでねえ、ここ(袖口の所)に丸が付いてるやつ。」
 この上着の話を三度ほど繰り返した後、
 「わたし今から中川区まで働きに行くの。緑区に住んでるから遠いじゃない?それにお金もかかるしねえ。もっと安くなればいいのに。それに眼科と皮膚科にも行かないといけなくて、またお金かかるでしょう。もうやだよねえ。もっと安くならんかねえ。」
 マスクを取ったおばさんの口の隅に唾がたまってきた。それをグイと拭った手で、私の腕をたたきながら話し続けるおばさん。
 「わたしもまだ年金貰うまで4年あるでしょう、今61だからさあ。」
 ・・・まだ61だったか。
 「もうわたしなんてバカだからさあ。なんにもできん。奥さん(私のこと)みたいならいいわねえ。」
 大概うすらばかに見られる私の何を見てそう言うのか。しかも私が何者かまったく知らないのに。
 その後おばさんはこう言った。
 「奥さんとか先生やってる人なら、いいわよねえ」
 自分が教職から離れてもう数十年にはなるが、私はちょっとびっくりした。
 このようなおばさんの野生の感とでもいうのだろうか、は侮れないものがある。
 「ほんとバカはだめ。わたしみたいのはだめ」
 と繰り返すので、「ご健康そうだからいいじゃないですか?頭の出来はあんまり関係ないのでは?」と言うと、
 「ああ、ほんとそうだよねえ。頭良くたって人殺すひといるもんねえ。ねえ、頭良い人で人殺すひとねえ」
 
 そしてついと立ち上がったおばさんは、私の腕をたたきながら
 「どうも有難うございますねえ奥さん。わたしの電車が来るから行かないと」
 と言って流れる人波に乗りながら、プラットホームのさらに奥の方へと消えて行った。




ごちそう

 3連休に帰省する。

 「こんど帰ってきたときに、うなぎ食べに連れてってほしい。それが伯母さんとわたしのリクエストだで」
 事前に母からの電話。伯母さんとは母の姉で、つまりババ二人は鰻が食べたい。

 一昨年の年末に突然の眩暈に襲われ入院した母は、i未だ、車窓の景色が流れるのも、時々目が回るようになるらしい。伯母さんも確実に年寄りであるので、なるべく近場がよい。そして、「うなぎの後にソフトクリームね。」ソフトクリーム好きの伯母さんの毎回のリクエスト。
 帰省の前にネット検索で調べをつけて、静岡の愛知県寄り、舞阪というところの鰻屋に赴いた。


 ネットで見たところでは大変人気の様子だったが、正月明けだからなのか、天気が良い3連休で皆さま行楽地などにお出かけなのか、店の大きさに対して客数はかなり少なくがらんとしていた。混んでなかったのは良いことだったが。

 結構大きな店ということから、実の所私自身はあまり高い期待は抱いていなかった。出資者でもあるババ二人の気が済むくらいの料理が出てくればいいと思っていた。そして全く、気の済むほどに美味しかった。とにかく「鰻食べたい」というババ達の合格ラインはクリアできたようだった。畳敷きのテーブル席も綺麗だった。接客係の少し疲れたような顔の中年女性がややぶっきらぼうに感じたが、それは、”ひと”が気になる私だけが感じていたことだろう。

 ババ二人は「女性に人気”ひつまぶし膳”」を、私はシンプルな「うな重(肝吸い付)」にした。ひつまぶし膳には茶碗蒸しも付いていて、けっこうな量に見えたが、二人は私よりも早くに食べ終えた。

 鰻屋から車で10分も行かない所に次の目的地のケーキ屋があった。
 「うなぎ結構な量あったけどすぐにソフトクリーム食べられる?」と訊くと、「食べれるたべれる。甘いものは食後すぐに食べた方がいいから、糖尿の人にもね」母は糖尿なのだ。
 ほったて小屋にそれらしくペンキを塗ったような小さなケーキ屋さんのソフトクリーム(引佐牛乳使用 250円)は、大正解の美味しさだった。ミルクの香りと味がしっかりして且つあっさり。口元がひらひらと広がった形のぱさぱさウエハースコーンにもられたソフトはうず巻きも美しく、コーンの底まで正しく詰まっておった。ショーケースに並んでいた6種類ほどのケーキは、かなり素人っぽい見た目だったが、それからすると意外と言っても良い美味しさだった。

 帰り道、違うケーキ屋に寄り、伯母さんは同居する息子夫婦のためにケーキを買った。その個数には自分も含まれていた。
 そして帰宅直後に我が母は、「ああ喉が渇いた」と言ってミカンを食べ、一応糖分控えめを謳ったジュースを飲んだ。
 年に何度あるかないかのご馳走を食べた私は、ただコーヒーを飲んだ。

 3キロ太るというのが長らく自分の目標であるのだが、ババ二人に付いていけば叶いそうである。



 

 
 

善玉に?

 年末からここまで、いつになくお通じが好調だ。


 いささか良過ぎるときもあり、身体に取りこまれるべきものまで排出しているのではなかろうか、と思うこともあるが、詰まる苦痛を考えれば兎に角有難いことだ。
 
 ヨーグルトや納豆、めかぶ、バナナ、こんにゃく根菜等、お通じに効くと言われる食物をとりたてて積極的に食べているでもない。よく運動しているわけでもない。お通じ食品をよく食べたり沢山歩いたりしていた時より、今はとても快調なのだ。
 腸内細菌が悪から善へ変身したものと思われる。しかし一体何が良かったのだろう。

 しばらく前から食べ始めたものが一つあるのに思いつく。
 クコの実だ。
 クコの実は血の巡りを良くするとかで、貧血にも良いだろうということで食べ始めた。ちょっと調べてみたら、目にもいいし、血流の関係からか腰痛にも効果があるという情報を得た。

 まず、ハチミツに漬けたり焼酎に漬けてみた。漬かって柔らかくなったものをヨーグルトに混ぜたり、赤く色づきクコのエキスが抽出されたであろう酒を呑んだり、または煮物やスープに投入したりして摂取していたのだが、近頃は乾燥したそのままをポイポイと口に入れてしまう。入れてすぐに齧ると歯にくっつくので、しばらく舐める、チョコレートを溶かすように。皮の部分がだんだんと柔らかくふやけてゆき、さらにぐいぐいと舐めていくと、終いにちいちゃい粒がぽつぽつ残る。実には種があるものだ。これを齧る。たいがい一粒は歯のあいさにはまる。

 朝散歩から戻った時と、昼食後や小腹が空いたような時に3~5粒づつ齧る。クコは過剰摂取は気をつけた方が良いそうで、血圧降下の作用もあるので低血圧気味の自分も一日10粒くらいが適量と思われる。
 そしてクコには整腸作用もあるらしい。
 まず信じることから始まる。ということで、とりあえずわたしはクコの実を信じることにした。

 便秘が去った今、次なる目標は決まった時間に排出できるようにすることだ。
 これが新年の抱負になるのだろうか。

くしゃみ

 スズメがくしゃみをしました。

 低い屋根のはしっこで一羽とまったスズメがくしゃみをしました。

 大きなスズメでした。

 スズメは8回くしゃみをしました。


新年ぽいこと

 正月3が日が過ぎました。
 世の中がまた「ON」になってゆく感じです。

 この三日、年の初めというようなことで自分は何をしたか。
 今一つ二つ納得いかない初詣の他に、まず、歯ブラシを新しくしました。
 元日に、頂き物のドリップコーヒーの中から一番上等そうな”キリマンジャロブレンド”を選び、飲みました。

 それくらいです。
 特に新年だからやることでもないのですが、「年の初めだし」という気持ちを持って行いました。

 お節料理も雑煮も食べていません。ちょうど材料が家にあったので、なますと黒豆だけは作って食べました。
 黒豆は実家の母に送るというのがメインの理由ではありました。それで、自分の味覚より少し甘めにしたのですが、上出来と言ってよい仕上がりでした。人にあげるのがうまくできたので、たいへんよろこばしい。これで祝い事で使うような器でもあればなあと思いました。

  


     黒豆


 

 

初夢


 新年になり初めて見た夢を初夢としてよいと聞いた。
 昨夜のが今年の初夢となる。

 登場人物は自分の他に、高校時代の友人や知らない幼女や知らない中年男性などだった。細部はもうよく覚えていないのだが、何かしら私たちは家の中で遊んでいた。家は東南アジアやアフリカ辺りにありそうな竹や大きな葉っぱで組み立てられたようなもので二階建てだった。ふいに私は外の異変に気付く。様子を見に行くと、玄関の前に獣たちがいた。コモドドラゴンみたいなやつや毛の生えた肉食獣といったやつが3,4頭いて、何やらムシャムシャと目を血走らせてがっついている。食べられているものはよくわからない、大き目の卵が見えた。しかし卵だけではないことは、血にまみれた獣らの口でわかった。真っ赤な口を動かしながら時々首を上げる獣の目は笑っているように悦びに満たされているように見えた。
 やがて奴らはこちらへ来るだろう。私たちを食べに来るはずだと私は思う。
 走って2階で遊んでいるみんなの所にそのことを告げに行くが、遊びに夢中の彼らの反応は薄い。
 そこで私は1人、どこかからライフルのような銃を取り出してくる。しかし撃ち方がわからない。
 それを見た中年男性(なんとなく西洋の外国人だった気がする)が遊びを止めて銃の操作を教えに来てくれる。
 いつの間にか他のみんなもそれぞれ手に様々な銃を持っている。
 そしてみんなで階下に降りてゆき・・・

 という所で目が覚めた。
 一番大きな印象として残ったのは、血みどろ。
 これが今年の初夢だ。



 

 いつも路駐の車で埋まっている家の前の通りは、一台も見えず。
 すっきりとした朝。

 昨日と違うコースを歩いてゆく。
 玄関ドアと車庫であろうシャッターに正月飾りを飾っているお宅から、ホットケーキを焼いたような香りがする。元日はお節、二日はホットケーキか。
  
 交差点。こちらもいつもなら信号待ちの車が続き左へ右へ曲がる車で忙しいのだが、車も自転車も歩く人の姿も、まさに人っ子ひとり無し。「ぱっこーぱっこー」という横断歩道の音がわたしの為だけに響く。もったいないから休んでいてくださいと言いたくなる。
 その先のスーパーは今日も休みか、この時間人影見えなくてもふつうなのだが、建物自体がなんとなく休んでいるようだ。
 
 年中無休の店が増え、正月も普通に買い物ができてそれは便利だけども、一日位全国全員休んでみてもいいんじゃない?
 ・・・と言いながら、わたしは昨日の元日にちょこっとアルバイトをしてみた。元々、他人が休むときに働くという立ち位置だったから。チェーン展開の食べ放題の飲食店。わたしはたった2日3日の補助要員なので洗い場担当。しかし元日からこんなとこにお客さんくるのか?と思っていたのだが、それが来るのだ。3~4時間の洗い場は手も足も休むこと一瞬もなく、いやはやタイヘンな仕事場であった。食べ放題店の洗い場はやるもんじゃない。もちろん食洗機が洗ってくれるのだが、そこに入れて上がったものを片付けるのがもう大変。「食洗機をとにかく休ませず動かし続けること、できればですが」と笑顔でマネージャーに言われたが、「努力してみます」としっかりした声で答えながら、初めからそんなことはあきらめて取り掛かった。
 時給に見合った仕事を自分はやりました、と言える労働だった。「今日はヒマです」とマネージャーが言った。自分の働く場所ではないとよくよく分からせられた言葉であった。


 今日はのんびり何もないので昼間もちょこっと歩く。
 セルフうどん店は満車。ハンバーグ屋からあふれ出ている肉を焼くにおい。ケーキ屋に入っていく小さい子どもを持つ家族連れ。
 朝見たスーパーは、駐車場入り口に鎖が張られたままで、ただしく休みだった。
 


  

初詣


 だれにともなくあけましておめでとうございます。

 あたたかい新年の幕開け。
 なんという感慨もなく大晦日が過ぎ、今年の抱負を考えることもないが、すっきりした青空の元旦というのは、元旦でない同じ陽気の朝とはちょっと気分がちがうような気もする。


 朝8時。
 いつも飲んでいるふつーのティ―バッグで生姜入りの紅茶をぐいぐいと飲んでから、近所の氏神様であろう神社にいわゆる初詣に行った。この季節、セーターやズボンなんかは二日三日続けて着てしまうが、やはり元旦初詣ということで、洗い立てのものを身に付ける。ポケットにお賽銭とハンカチだけ入れて家を出た。


 町は静かだ。車の音がまずしない。
 しかし少し歩くと、駐車場が沢山の車で埋まっている所があると思ったら、チェーン店の珈琲屋だった。元旦モーニング。自分以上に元旦もふつうに過ごす人が多いなあと思ったが、店で珈琲を飲んでいる人の中には、除夜の鐘を突いてきたり、初日の出をどこかで見てきた帰りだったり、遠くの有名神社で初詣を済ませてきた人たちがいるかもしれぬ、と気づく。


 歩いて5分ほどにある神社も、まったく静かで人影見えぬ。と思ったら、紺色ジャンパーを着たおじさんが一人現れた。しかしおじさんは私のような詣で客ではなかった。神社の隅にある焼き場のすすをスコップでごそごそし出した。きっとこれから参拝しにくる人々のためにそこで焼き芋や甘酒をふるまうのかもしれない。
 「おはようございます」とおじさんに言うと、おじさんは「ん!?」というような顔をして、一瞬間が開いた後に小さく「おはようございます」と返してきた。

 手を洗い、神様の前の誰もいない賽銭箱まで進む。
 お賽銭を入れてお辞儀をしようとしたら、賽銭箱の向こうの戸の閉まった神様が祀られている部屋の中でガタガタっと大きな音がした。なんだ!と思ったら、さっきと別のおじさんが、なにやら探し物をしているようだ。おじさんすぐ消えるかと思ったのだが、なかなか消えず。少しの間おじさんに気を取られていたが、いや自分に集中しなくてはと気持ち引締めた。けれどもおじさんに姿がかなり近くに見えるので、結局なんだか非常に中途半端な気持ちでお参りを終えてしまった。 

 
 そのまま少し散歩をする。
 犬を飼う人たちは、いつも通り散歩をしている。
 家を出た時よりまた雲が消えて、青い空が広がっている。

プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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