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食べたいもの

 「食べたいと思うものが自分の身体が必要としているもの」と聞く。


 今日わたしが食べたいものは、あさりの佃煮です。
 この前あさりの佃煮を口にしたのはいつだったか、まったく思い出せない。
 それほど昔のことか、印象に残らないおかずだったか。
 だいたいあさりの佃煮は好物でもないし、一年を通してほとんど食べないものなのだ。あさりなら味噌汁をその時期に少し食べることがあるくらいだ。

 しかし今日、あさりの佃煮が食べたくなったのはなぜなのか。
 チラッと調べてみると、あさりはビタミンB12が豊富で貧血に効くそうだ。あれ、もしや貧血症状が再発してきたか。
 そう思って下まぶたをべろんとやって色を確認すると、まずまずの赤味があり安心する。あれは去年の冬だったが、極度の貧血に襲われた時は、下まぶただけでなく唇までも白くなった。そこまで変調に気づかない自分自身もこわいが。


 「食べたい(飲みたい)」とたいがいいつでも思う物。
 豆製品、乳製品、野菜、そしてなにかしらのお酒。
 寒くなってきたので芋焼酎のお湯割り登場の頃だ。


 
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ススキ


 朝の散歩は7時過ぎになった。
 目覚めるのも5時前から五時半過ぎに。
 けれども就寝時刻は変わらないので、睡眠時間は日が短くなるにつれて長くなる。


 昼にしっかり動いたり頭を使っていれば長い睡眠は必要であろうが、特別疲れてもいない身には、布団時間が9時間以上はやはり長い。夜中に目覚めて眠れない時はラジオを点けていたが、それだと今度は眠れなくなってしまい結局朝眠たいということになったりする。
 それで最近発見した夜中聴くのに良いものがある。
 それは、英会話のCDです。
 英語を喋れたら嬉しいので、最初のうちは寝ながらもけっこう集中して聴く。ボリュームはかなり小さくしている。英語への関心はあるが話している内容には興味が無いからか、知らぬ間に寝入っているのである。どの辺りで寝てしまうかその日によって違うが、1時間のCDを最後まで聴いたことは一日もない。

 眠りながら聴いたことを学習できるという話があったような気がするが、それはおおよそ正しくないと私は自分を見て判断する。
 それから、英会話をとにかく聴くだけでできるようになるというのも、やはりどうかと思うようになった。ちゃんと意識のある状態で聴いていても、英語をただ聴くだけと、それを口に出して喋ってみるでは、かなり違った進歩をたどるように思うのだが。


 ああ、ススキの話だが、今朝河原に見たススキは紫色をしていた。
 ススキの地味といえる見た目、ススキという名前にしても枯れススキなどという言葉からも、ススキにはなんとなくひもじいとかすすけたというイメージがあるが、穂先の開ききっていないススキが日に当たって銀色に光り、それが風に揺れている様などはまったく美しいと言える。普通の色のススキであっても。
 今朝みた紫ススキはまだ日に当たっていなかったが、「わたしはちょっとちがうのよ」という澄ました感じを漂わせながら、揺れていた。



久しぶりに

  パン焼いた

 久しぶりにパンを焼きました。
 2週間ほど前にチャレンジしたヨーグルト酵母がまたもやダメだったのですが、匂いは悪くなかったので冷蔵庫に保存しておきました。それだけだとパンは起こらないはずだったので、仕方なくドライイーストを併用して焼いたのです。ヨーグルト酵母もどきが悪ければ、それでもパンにならないかもと、ちょっぴり心配しながら作りました。

 ここのところの私のパン作りの方法は、一時発酵を冷蔵庫で一晩やり、翌日二次発酵から焼成までやるのです。この方法は何かの雑誌で見てまねさせてもらっているのですが、捏ねるのもほとんどやらないので、腰の悪い自分にも負担になりません。

 朝、冷蔵庫の野菜室からパン生地を取り出した時、しっかり大きくなっており、しかもいつもよりかなり発酵している模様だったので、ヨーグルトはいい方に働いてくれたようで、取っといてよかった無駄捨てせずにと思いました。


   toast.jpg

 焼きあがったパンは翌日カットし、焼き網でトーストにしました。酸味もなく、かなりプレーンなお味で、市販のものと比べたら塩味も甘みも感じないものでした。バタとジャムを多めに塗って楽しみました。


脈打つ


 腰を伸ばすためにうつ伏せに寝た午後3時。


 両腕は軽く曲げて頭の上、顔は横に向ける。
 窓から暖かい日差し。床に自分の腕の影ができている。
 ぼんやりそれを見ていると、影が小さく小さく動いていることに気付いた。
 わたしの腕の影は、びくとも動かしていない腕の影は、トクントクンと静かに脈を打っていた。トクントクンと動いていた。
 脈打つ影を見つめて過ごした午後だった。


古・新


 少しの疲れによってか、久しぶりに夢を見ました。


 とてもいい夢でした。前半。

 小学生の頃、きわめて内気で友達作りもうまくできない子どもだった私ですが、その実、好きだなと思う男の子はけっこういたのです。そのうちの、「てっちゃん」というつり目で小柄な可愛らしい男の子と、「ひいらぎくん」というこちらは背が高めで浅黒い肌、おにぎり型の顔をした子でしたが、その二人が夢に登場しました。そして尚且つ、二人が私に交際を申し込んでくるという筋で、夢でありながらそれは有頂天になりました。けれどもどちらともに好意を持つ私は、さてどのように対処しようか思い悩むという贅沢な状況に置かれたのです。
 細かなところは起きた時に消えていましたが、結局私はてっちゃんを選んだ模様でしたが、ひいらぎくんとも仲良しを続けていくというような流れだったと思います。
 その辺りから、見覚えのない仲間たちが登場し、みんなで旅に出ます。ジープみたいな車と歩きでです。
 賑やかで楽しい道中です。
 ところがしばらく行った所で、「さいたけくん」が現れました。さいたけくんも当時実際にいた男の子ですが、この子は背が低く色白餅肌でまんじゅうみたいな外見でしたが、けっこうなヒールで、女の子から好かれる対象から外れたところにいました。
 そのさいたけくんが、仲間の悪い奴らと共に、戦争をふっかけて来たのです。戦争って、子どものけんかではありません。登場している私たちは子どもの姿でしたが、戦争は爆撃や銃弾の飛び出す本物の戦争でした。
 戦争が始まって戦わなければと思いつつ途方にくれだした辺りで、うまいことトイレのために目が覚めました。


 てっちゃんもひいらぎくんも、ましてさいたけくんなんか、よく夢に出てきたものだと思います。
 最後はヤな気持ちになってしまいましたが(さいたけくんのせいで)、古い記憶が新鮮でもありました。


高校の話 ・ 名前


 高校の現国の先生からつながって、同級生だった一人の男の子を思い出した。

 彼は、細野晴臣の甥ということだった。たぶん事実だと思う。
 ここに書いても関係者の迷惑にはならないと思うので書いてしまうが、”まれと”君という何か平均ではない意味のありそうな名前だった。まれちゃん(「れ」にアクセント)と呼ばれていた。
 まれちゃんとは確か一年間同じクラスだったような気がするが、喋った覚えはない。
 とにかく色白で、スポーツをしているわけでもないがやや伸びた坊主頭だったと思う。老けているのでは全くないが落ち着いていてどこか老成したような雰囲気があった。
 彼も、今になってちょっと喋ってみればよかったと思う一人だ。
 賢い人だったので、どこかできっと活躍しているだろう。

 そういえば変わった名前で、 ”えびさわ もなど”君という男の子もいた。彼もたしかとても賢かったように記憶する。


 それに比べて自分の名前はそこら辺にぞろぞろいて、自分が中学の頃同じ学校に4人同姓同名がいたが、大人になって出会った何人かからも「同じ名前の友達がいたよ」と言われた。そんな名前がイヤで、子どもの頃は結婚すれば名前が変えられるというのが夢の一つだった。しかしどうやら、それは現実になりそうもなく、まあそれ以前にそんなことは夢でもなくなった。
 今はフルネームで自分の名前を言ったり呼ばれたりする機会もほとんどないし、イソギンチャクという弟子名を使うようになってから、本名は自分の中で薄まってしまった感がある。

吹き出物


 唇のすぐ脇に吹き出物ができた。
 こんなところにできるのは、人生2か3度目だ。

 始めは口角炎かビタミン不足かと思っていたが、どうやら吹き出物、余分な脂肪が底に溜まっているのが感じられた。
 日が経つにつれだんだん大きくなっていった。
 脂肪の白さが見えて来た。
 こうなると針でぽちっとやりたくなるものだが、痕になるのも嫌なので、ここは我慢をした。

 直径3ミリほどの赤い粒が直径4ミリの白い粒に変わった。触れると固い。鏡を見ると気色悪いとも言えるが、それでも我慢した。
 自然と小さくなるのを待つことを選んだのに、夜歯を磨いたときに歯ブラシが触れ、皮が割れた。ああ、と言いながらテイッシュで拭くと、白い脂肪と赤い血と黄色い膿のようなものが混じっていた。
 自分は日頃過剰な脂肪分を摂っているつもりはないのだが、何がどうなってこのような吹き出物ができるのだろうか。
 昨夜二度目の引っ掻きをやってしまった。そして今は赤黒のかさぶたになっている。


 高校の時の現国の男の先生を思い出した。
 K先生は中年のたぶん当時40歳くらい。デブとは言わないが肉肉しているというかポッチャリ型かつ尻はけっこう締まっている身体つきで、多めの髪の毛は癖がありおかっぱ(毛先がくるんとしている)、細ぶちの眼鏡をかけた顔も肉肉していて、いつも汗をかいている感じ、特に上唇の上。
 このK先生がある日、若い頃の思い出話をしてくださった。
 「鏡を見てにきびを見つけると、爪で挟んでギュッとやるんです。そうすると、白い脂肪がピュッと飛び出してくるんですね。」
 白い脂肪がいかにも沢山飛び出てきそうなK先生の顔を見ながら、聴いていた私たち生徒は顔をしかめつ笑いつ「うわあ」と言った。

 小学校から大学まで沢山の先生に教わり、無数の授業を受けたが、今でも思い出すことというのは、授業にはなんにも関係のないこんな話ばかりだ。

 k先生は一年間副担任だったが、授業以外の関わりは全くなかった。あの人は今会ったら、ちょっと面白い話を聞けそうな気がする。そういう先生は高校時代に他に2,3人いる。子どもの自分に今の自分の感覚があったらいいのにと思うことである。



 

やまぶきに

 3日前に薄緑の蕾が見えていたのが、2日おいた今朝、やまぶき色になっていた。

 窓を開ければ金木犀の香りのするステキな季節。

 家の向かいのマンションの玄関にまだそれほど大きくはない金木犀の木が一本ある。そのたった一本のおかげで、一日中心地よい香りを感じられている。


 昨日はほぼ一年ぶりに地下鉄バスを利用して、街に用足しに出かけた。
 人と車と大きな建物ばかりと思える街中でも、金木犀は香っていた。

 ほんとうに珍しい街への外出なので、この際外食でもしてみるかと、前日に結構な時間をかけて食べ物屋口コミサイトなどを巡ってみたのだが、ここに行きたいと思える所が一つも見つからなかった。美味しそうなご飯を出す店が無いというわけではない。私の中に、その店でそのご飯を食べたいという気持ちがちっとも起こらないというだけなのだ。高価な所は最初から問題外として考えておらず、そうではない所の料理を見ると、自分が作って食べているものでいいよなあと思ってしまうのだ。

 そういうわけで、天気も良かったので、結局おにぎりを持参していった。

 そのおにぎりを、その辺りで働く人々が昼時寛いだりテイクアウトのお弁当などを食べている場所で、いっしょに食べた。サラリーマンという人々を沢山見た。その人達が買っているお店の弁当や店頭のサンプルなどもいっぱい見た。なおかつ、百貨店の地下街にも行ったので、ホント色々たーくさんの食べ物を見た。買いたいものはそれでも起こらなかった。自分も彼らのように働いていたら多分食べたくなるように思う。外食への購買意欲にも何かしらのストレスがやはり関係するのだろう。

 平日の昼だからか、百貨店には高齢の方々の姿が多かった。所々に置いてある椅子は、彼ら彼女らで埋まっていた。
 腰の悪くなった私は、彼らの半分ちょっと位の年齢だが、その気持ち、座りたいという気持ちが良くわかる。
 私の腰には長時間の座る体勢は非常に悪いのだが、歩いていても痛みは発生するのでそこで少し休みたくなるのだ。

 しかし、地下鉄では、ガンガン山登りしてますよ!風な70歳は越えているだろうおば様方も数名見た。
 まったくかなわないと思う。
 痩せた白髪頭のこちらは80半ばかと思われるおばあ様にさえ、歩いていて追い越されたわたしだ。
 しかし同時に、マケンゾーと心の中でグーを掲げる。
 東京オリンピックの年には、前以上に力強くなっているのが目標だ。


 腰のせいで、街に長居もできなかったが、今回も地下鉄で興味深い人々をたくさん見られたので満足。
 今回一番残ったのは、ひょんなことから親方に拾われたのだが、上等な忍者くノ一にはなかなかなれそうもない野性児の田舎娘、という風のちょっと今どき珍しいタイプの女子高生。

歳をとり


 Autumn is crisp とかいう表現を聞いたことがあるが、秋の空気はほんと、香ばしいという言葉が合います。
 
 この乾いた香ばしさにやられて、内モモが干からびてきました。
 身体はもともと乾燥肌で、向う脛などはすぐに白くすすけてカピカピしてくるのですが、内モモの干からびは今年初ではなかろうか。
 こういう所にも年齢というものが表れなさるのか。
 ホクロも増えています。
 顔ばかりでなく夏でも日に当たらないような部分にも表れています。
 歳を取って身体的に良くなったことってなかなか思い当らないですが、しばらく思い巡ってみたところ、一つ見つかりました。
 それは、鼻血がでなくなったことです。


欲しいと初めて思う


 桜の葉も少し前から色づきはじめ、今朝はイチョウの葉に透明感を見ました。

 
 散歩のコースに金木犀があるので、まだかなまだかなという気持ちで見るのですが、そちらは気配も感じられません。こないだラジオで日本のどっかの人がもう咲き始めてると言ってたのを聴きましたが。


 弟が一人いるが、彼は就職して5年くらい経ったときに辞めたいと考え始めました。しかしそのまま続け、結婚して家族の生活もすべて弟にかかるようになったので、もうすっかり辞めるという考えは消えたのです。今、弟が仕事に満足しているかはわかりませんが、とにかくこの仕事をやっていくと定まっている。
 定まっているのって、それだけは楽だかなあと思います。ちょっとだけ羨ましく思えても来ます。自分の足元もこの先もやりたいことも訳が分からなくなっているからです。


 ♪ 一つ曲がり角 一つ間違えて 迷い道 くねくね~

 渡辺真知子。
 あれ、わたし、曲がり角まちがえた?
 いやいや、何にも後悔はないから間違いはなかったと思いますが、でももし間違えたとしてもそれはそれでいいのかもしれません。自分が腰痛になったのは、間違いではないけど思っても見なかったことで、これでできなくなったことが色々あるが、少なくとも腰痛持ちの人の痛みが少しわかったし、自分の身体にむやみに自信過剰だったけれども、落ち着いて見るようにはなれたと思います。
 正直、20年若かったらなあと思うことがありますが、この年で故障したのは、まだ良かったとも思えます。


 うーん、、、でもやっぱり若さがほしいなあ。
 肌のハリとかは要らないので、ただその年齢と若く丈夫な細胞だけでいいので。


ガスと睡眠


 一年にどれだけあるか、たぶん5日もないと思うが、昨夜は眠れない夜だった。
 
 もちろん眠れないと言っても一睡もせずなどと言うことはわたしには当てはまらなく、4時間は寝ている。それは日頃の半分なのだ。だから普通ではないと言うのだ。

 ここのところ無い頭をけっこう使っているからかもしれない。知恵熱という言葉があるが、熱がないから知恵不眠か。

 結局小さな音でラジオをかけた。
 ずっと前にたしか暮らしの手帖で読んだのだが、「夜中に起きて眠れなかったらゆっくりストレッチをしてみましょう」とあったのを思い出す。寝たまま膝かかえ等をやってみる。
 と、オナラが出た。
 そういえば、布団に入ってからもう何回かオナラが出ている。イヤに多い。そして臭い。おのれのものなので我慢できるが、他人がやったら走ってその場から逃げ去りたい部類の臭いだった。
 今回の不眠は腹に溜まったガスに因るものかもしれない。
 屁をひりながらラジオを聴いていたが、流れてくる落語があまり面白くないので切ってしまった。その辺りでガスも出尽くしたようだった。

 しばらくして、いつの間にか入睡していた。

祭りのようだ

 午前10時過ぎたころになって、窓の外から聞こえてきた。
 こんな時間に鈴虫が?と思ったら、よく聞いてみると、それは笛の音で、今日は秋祭りのようだった。神輿を担ぐとういか最近は引きずるようだが、その調子に合わせて吹く笛の音だった。しかしわっしょいの声は殆ど聞こえない。

 なんというか赤子のような祭というか、秋祭りというのはこんなに静かでいいのか。

 わたしが子どもの頃も神輿を担ぐときに笛を吹いたが、もっとビーッビ―ッという耳に触る音で、小さい太鼓もたたいた。そして爆竹を鳴らしまくったものだった。神輿を担がない時間も、その日はずーっと爆竹を鳴らしつづけ、夜には耳がおかしくなるものだった。

 そして私の実家の辺りでは、神輿はやはり引きずり型になったが、爆竹は今でもけっこう鳴らしているようだ。家は祭りの基地となる広場が目の前。爆竹はうるさいが、あの音とあの火薬の匂いが、まさに秋祭りなのだ。

 秋祭りでは爆竹の他に、シュルシュル回るねずみ花火、真っ黒なウサギの糞のような煙幕、上に打ち上げるべきロケット花火、小さな飛行機の形のやつは点火すると飛び、それからパラシュートなどなどあった。ああ、懐かしい。
 普通の遊び方に飽きてくると、ねずみ花火を分解する。あの中にはけっこうたっぷりした火薬が入っている。そこに直接線香を点けるのだ。点けた途端に「ボンッ!!」と火が上がる。アブナイから点火直後に逃げなければならない。
 ロケット花火は公園の端と端に分かれた敵と味方で横方向に飛ばしあい戦争だ。
 パラシュートは呑気だが皆好きだった。開いて落ちてくるパラシュートを誰が取るか。祭のときは暗くなるまで遊ぶので、暗くなってからパラシューートを上げる者があったりして、翌朝、木にひっかかったピンクのしょぼくれたやつが見つかったりした。
 ふたたび懐かしい。

 爆竹のうるさい音は、ほんとうはそんなに好きではないのだが、今やってみたら、なんか血の中が若返るような気がする。

October bigins・・・


 今年は彼岸花をしっかり見ました。
 彼岸花というのはある気温に下がると一気に背を伸ばして開花するとラジオで言っていましたが、そんな感じで「あ」と思ったらしっかり咲いていました。
 彼岸花と言えば赤でしょうが、白いのと、ほんのちょびっとだけ赤が混じったような白も見ました。
 
 それらはこないだの雨でもうぐしゃっとなりました。
 金木犀が楽しみです。


 豆苗

 豆苗を買い、一度切ったあとに再生させています。「2回楽しめますよ」と袋にも書かれています。
 
 たとえば買い物リストに、「豆苗」と書いたことは一度もないと思います。豆苗って、店に行って目にし手に取ってみ、気が向いたときにだけ買うというものです。カイワレはリストに書くこともあります。同じ芽で豆苗の方が大きいけれどやはり馴染みの在り無しで、豆苗はリストに上がらないのです。豆苗っていつ頃から世に出回るようになったのだったか。

 豆苗を買うのは、豆苗には栄養がけっこうあるということで買います。たいてい買って来てすぐに切り、茹でるなどしてお浸しふうで食べますが、毎回ピンとこないなあと思います。芽にしては食感がちょっとだけ行き過ぎてる感じだし、カイワレみたいな刺激もない、でも何となく苦味みたいなものはある。いろいろが宙ぶらりん。豆苗の一番の楽しみは、この2回目の成長ぶりを見ることにあります。

 根元を浸水させてある豆苗はベランダに置いてあり、日差しが強く当たりそうなら中に入れます。
 毎朝水を替えますが、今朝ショウジョウバエが2匹、周りをぐるぐるしていました。外にいてくれれば何も問題ありませんが、豆苗に卵を産み付けるなんてことはないようにと強く願います。

 炒め物をしていたら、壁に1匹ショウジョウバエがとまっていました。
 左の掌でべチンとしました。
 開くと潰れたハエはショウジョウバエにしてはけっこう大き目でした。そしてその潰れた体内から、ボールペンの先でちょんとしたような点くらいの白いものが、ぴぴぴぴと這って出てきたのです。こども!?すぐに流水で洗い流してしまいました。毎日2,3匹手でやっつけているのですが、この白い点により、突然”ハエ殺し”という言葉が、続いて、”ハエ殺しの罪”という言葉が浮かんできたのです。人間であり生きておるので今まで数限りなく殺生はしてきているわけですが、あまり気分のよくなる言葉ではありませんです。

 そして今日も、一匹はたきました。

プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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