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今日もとくべつ何もなし

 夕方シャワーを浴びようとしたら、「冷たい!」と鳥肌が立った。

 家の水道は水と湯の栓が別々になっているタイプで両方を調節して自分にいい温度にするのだが、最初のうちは”湯”だけをひねっても水が出てくる。それが昨日は冷たかったのだ。
 ついこないだまで、水がぬるあったかい、と思っていたのに。

 朝が遅くなったのも感じる。
 6時頃歩くと、暑いので陽向は避けて歩いていたのが、今日は背中に当たる日差しにほっとしたりした。
 この時刻、半袖一枚ではけっこう寒くなってしまった。
 日中は気温が高い日がまだ続くようだが、確実に季節は移っている。
 あたり前と言われればそうなのだが、ほんとにこうしてちゃんと変わっていくことが不思議なような感じがする。有難くも思う。
 四季の変化があるからは、日本人は全体にそう単純ではなくなるのかなと考える。


 布団に入ってラジオを点けてみたら、黒柳徹子の声が聴こえた。
 永六輔のお別れの会が開かれたというニュースだった。
 永六輔は私もある程度色々知っている、時代の人だ。森重久弥や高倉健や大橋巨泉や他にも、時代の人と言える方々が亡くなっていくが、私にはちょっとピンとこない所がある。でも、黒柳徹子が亡くなったらどうだろう、と思った。黒柳徹子と言えばもちろん「徹子の部屋」だが、私は著書『窓際のトットちゃん』を小学生の高学年の時だったかに読み、それが最初の黒柳徹子だったと思う。
 ラジオから聴こえる徹子さんの声は、しっかりとお婆さんだった。



 
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すずしい

 肌寒いほどの朝。
 低めの気温と、雨で窓をしっかり閉めて寝たからか目覚めるのが遅くなった。
 雨も残っていたので歩くのは後にして、ラジオ体操の後、朝食にとりかかる。

 冷凍ご飯は切れたので、昨日から浸しておいた玄米に胚芽押し麦を入れ、梅干しの塩抜きで出た塩水を少し足して炊く。
 味噌汁の出汁も昨日とっておいてある。今日の具は、冬瓜とお揚げに余っていた豆腐。
 大袋の人参を買ってしまったので、朝市で買ったピーマンとキンピラにする。途中思いついてジャコも入れる。
 キンピラを作ったフライパンを洗わずに使い、小松菜をあっさり目に炊く。お揚げと干しエビと一緒に。
 小松菜のあとには、また同じフライパンで、昼のそうめん用の麺つゆ作ってしまう。
 昨日作ったいわしの梅生姜煮を冷蔵庫から出す。にこごりはどうかなーと蓋を開ける。あれ。ぷるんぷるんしてないようだ。よく見ると、にこごりを上まり、イワシの脂が白っぽく固まっていた。豚脂に追いつくほどだ。

 「あっついときは味噌汁なんかは飲みたくなくなるだよ」
 と、我が母などは言うが、私は暑い夏でも、朝あったかい味噌汁を飲みたいほうだ。だからこの夏もたいがい毎朝味噌汁を飲んだ。そして、一口目の汁を飲むと毎回、「ああ、おいしい」と声が出るのだが、今朝は冷えたので、より一層おいしく感じた。
 味噌汁は三日分くらいを一度に作って、翌朝・翌翌朝には、温めるときに卵を入れたり、胡麻やおろし生姜で変化を付けたりする。

 昨日なんだか色々食材を買ってしまったので、今日はこれから、ひき肉を使ってキーマカレーとパスタソースと煮物用のそぼろを作ってしまわないと。期限切れる直前の豆腐であんかけも作る。それから干し野菜。
 今日は特別作る予定のものが多いが、毎日自分が考えていることの八割は食べるもののことだ。

 しかしその前にちょっと一服。
 晴れ間が見えたので、暑くなる前に散歩に出た。
 短パンを八分丈に変えて出る。
 ひんやりした風が強めに吹いてとにかく気持ちいい。
 ミルク多めの温かいカフェオレが飲みたくなった。



  

 

いわし



 いわしを煮て食べようと思った。

 いつも魚を買う店に行くと、いつもよりやや値段が高く売っていた。
 大きさがちょっと立派には見えるが・・・と思って手に取ると、「お刺身OK」と書いてある。いつもは「加熱用」なのだ。やった!きっと美味しいはず。


     いわし


 魚をさばくのは、翌日が可燃ごみの日になるようにしている。特に夏場は。
 頭とはらわたを除き、冷たい塩水で洗い、水分をとる。その時私は、沢山のキッチンペーパーを使うのがもったいないので、新聞紙や要らないチラシなども使う。上の写真をよく見ると、イワシの光る肌にうっすら、何かしらの日付が写ってしまっているのがわかる。
 しかし綺麗なイワシです。鱗もりっぱ。私の小指の爪の半分以上ある大きさ。
 刺身OKなんだから、一匹くらい生でとも思ったのだが、結局8匹全部加熱してしまった。イワシの生は脂が多めなのがちょっと苦手なのだ。
 大ぶりの二匹は塩をややしっかり目に振り、グリルで焼いた。これは焼いた後にニンニク醤油を絡めて、大根おろしと青シソと一緒に今日の夕食になる。
 小さ目五匹を圧力鍋で梅生姜煮に。こちらは明日からの朝食用。
 残り一匹は、かば焼き風にしてみた。焼いてすぐ食べる。昼食。

 夕食のつもりの塩焼きイワシは、焼き立てがあまりにも旨そうで、一匹食べてしまう。非常に美味かった。ほんと素材良ければシンプル一番。これと炊き立てご飯でご馳走だ。
 じゃじゃっと作ったかば焼き風もおいしく食べる。
 煮たのは思ったほど水分が飛んでいなかったが、”骨まで食べる”がテーマなのでまあいいだろう。と言っても、グリルのイワシも骨まで食べてしまったが。煮物は煮こごりが楽しみだ。煮こごりだけでご飯のおかずになる。
 

 

朝のこと


 ここのところ二三日続けて、会長に会う。
 少し立ち話。お金の話は必ず出る。
 そして今朝は、「公園へはいつも行くだか?」と訊いてきたので驚いた。私の散歩コースを知っているのか。
 まあ行ったり行かなかったり・・・と適当に答えると、「そいじゃあ、こっから一緒に行くか?」と誘いの言葉をかけられたので、更にびっくりする。
 私は一日誰とも喋らないことも普通なので、朝あいさつしたりちょっと言葉を交わすのは、貴重な声帯運動でありちょっとした刺激とも言えるのだが、それ以上のことは何も求めていない。特に、お金の話はもう要らない。
 私は今から向こうに行くしちょっとペースがあれなんで・・・とかなんとかモゴモゴ言って、せっかくのお誘いだが、会長と並んで歩くのは辞退させて頂いた。
 デカい犬ももたろうのおじさんとも、会えば少し止まって話をするが、たいがい天気の話とももたろうの話で終わって「じゃあ」と別れる。ころあいがちょうど良い。


 涼しくなってきたところで、やや胃腸の調子が悪い感じ。我が母は、一週間下痢をしていると言っていた。「冷たい水とかお茶とかたくさん飲んどるもんで。それと多分夏疲れだね」と自己診断していた。
 私の場合はそれほど冷たいものを飲んでもいないし、エアコンで冷えてもいないし、何も疲れることをしていないのだが、なんとなく消化不良。心当たりはよく噛まないことだろうか。
 それで、昼までは固形物を入れないというのをやってみる。
 「朝4時から正午までは肝臓・腎臓がメインに動き、胃腸はお休みモード。デトックスタイムで胃腸を休ませるといい時間帯です。この時間に食べると良い消化のいい食べ物は果物です」と前に読んだナチュラルダイエットだかの料理本に書いてあった。それに、農家の嫁さんである友人が、確か午前中は水分しか摂らないというのをやっていた。
 
 凍らせてあったバナナと梨、冷蔵庫から昆布水を取り出し、いつかもらった青汁とミキサーにかけた。
 一晩水に入れといただけの昆布からはヌルヌルが出ていて、胃腸にいい感じだ。青汁も苦味はあまりなく、味よくできた。
 しかしこれだけではすぐにお腹が空いて、残っていたヨーグルトをゆっくり口に含みながら食べる。
 「控えるように!」と本には書かれていたが、コーヒーを飲む。
 それでもまだ足りない気がし、先ほどの昆布水と切干大根の戻し汁を混ぜて飲んだ。冷たいまま飲んでしまったが、温めるともっと美味しいように思う。切干と昆布の甘味が立つのではないか。生姜のすりおろしや梅干しも合うと思う。
 そのうち、するりとお通じが来た。

 私はダイエットはまったくしてないし、今日のお通じは今朝やったことの効果なのか判然としないが、この午前中固形物抜きは、週に一度くらいやってみても良いかなと思う。特に切干&昆布はいい。乾物の力。もっと大量にこれから作ろうと思う。乾かしといた梅干しの種と生姜の皮も一緒に水に漬けてみよう。温めてゆっくり飲む。簡単スープだ。気持ちもゆっくり落ち着きそう。



 

朝市にいく

 今日はとても涼しい。
 暑いあついと言っていても、蝉はもうツクツクボウシの声しかしなくなった。
 今日はそれもなく、秋の虫の声ばかり。

 残っていた牛乳を使ってしまおうとプリンを簡単に作り、朝食も食べてまだ8時前。涼しいので久しぶりに朝市に行った。

 スーパーなどでも地場野菜が売られているが、朝市に来ると、今この辺りではどの野菜がどんな感じで収穫されているのかがよくわかる。時期によっては、行ってみても買いたいものがなくて手ぶらで帰ってくることもある。
 朝市スタートは一応8時だが、生産者が早めに店を開くこともあり、お客さんはもうずいぶん賑わっていた。
 今日は、ピーマン、ナス、玉ねぎ、つるむらさきを購入。それぞれ違う生産者の人から買った。あれば買うつもりだった胡瓜はなかった。もう時期が過ぎたようだ。

 ナスとつるむらさきのおばちゃんは、愛想のない顔のぶっきらぼうな人だったが、「これがお買い得だよ」と重量のありそうなナスのカゴを教えてくれた。
 私のお気に入りの静かなかんじのおじちゃんの所は、奥様方が行列だった。お目当ては玉ねぎとジャガイモらしかった。この夏はなのか、この時期はなのかわからないが、玉ねぎは今不足していて値段も高くなっていると聞いた。私も並んで玉ねぎをくださいと言ったら、ちょうどカゴ盛のが切れてしまって、補充用みたいなコンテナに入っているところから出してくれた。細かいお金が150円あったのでそれだけお願いすると、おじちゃんは袋にぼんぼんと放り込んだ。けっこうオマケしてくれたと思う。
 ピーマンを買った顔のシワシワな「おばあさんもやさしい感じの人だ。小ぶりだが20個くらい入って百円だった。


 家に帰っさっそく下処理などをしてしまう。
 ナスは、こないだ読んだ魚柄氏の「茄子の刺身」を作ってみたかったので、蒸した。
 蒸し終えたものの端っこをちょっと切って食べてみたら、芋かというようなまったりした濃厚さだった。
 あの愛想のない顔で、あのおばちゃんがこれ作ったんだなあと思う。
 この蒸した茄子に重しをして水分を抜く。そうすると、まるで刺身のサクのようになる。そうしたところで、包丁を入れて茄子の刺身の出来上がりというわけだ。
 これは夕食にするつもり。つるむらさきのおひたしと。楽しみだ。
 しかしこのメニューでこんなに涼しいと、ジンではなく日本酒なんかが飲みたくもなる。


 ここのところずっと、大滝詠一の『君は天然色』が頭の中を廻っている。
 気温と日差しの変化で、これも消えてゆくかもしれない。


   大滝詠一 君は天然色





 
 
 

受賞!?


 この匂いはなんであるか・・・
 昨日の午前中から、ふとするとその匂いを鼻で感じる。
 何かしら食べ物、油を使って調理した何かということはすぐにわかったのだが、自宅で何も作っていない時に匂ってきたので、すぐにはわからなかった。
 炒めた玉ねぎの匂いだ!昨夜寝る前に思いつく。
 今朝も一度匂った。どこからくるのか炒め玉ねぎの匂い。その匂いは、重さのある甘いような香ばしいような、お腹が空いていれば更に食欲を刺激するような言ってみればいい匂いの仲間なのだが、もしこれが自分の身体から発せられているとすると、「いい匂い~」と無邪気に喜んではいられないものである。



 ところで、いつだったかもう忘れてしまったが、偶然ネットで見つけた「キャラクターに名前を付けてください」という公募に応募した。毎日やることもなく考えることもないので、これはいいヒマつぶしになると、名前を考えて応募した。それは、とある会社の新商品の除菌剤のキャラクターの名前だった。受賞者には、その除菌剤が賞として贈られるとあった。私は除菌剤は欲しくはないが、とにかくヒマつぶしになるし、合否を見るのはちょっと楽しい感じがして、わりと色々考えてみて、これがいいと思うものを応募した。

 昨日午後、いつものように寝ながら本を読んでいたら、インタホンが鳴った。
 郵便局ですと言うので、心当たりはない一応ハンコを持って出ていくと、「これはハンコ要りません」と言って、小さなダンボール箱を渡された。宛名は確かに私の住所や名前に間違いない。差出人を見ると、心当たりのない鳥取の会社の名前。
 なんだ?と思いながら開けてみると、一番上に一通の白い封筒が。中に入れられていた用紙を読むと、「キャラクターネーミングに応募ありがとうございました。あなた様は特別賞になりました」というようなことが書かれていた。封筒の下には、賞品の除菌剤セットが入っていた。
 笑った。思い出してみて、最近では一番笑った。1人ということもあり声はそう大きくは出なかったが、心の揺れ幅は大きかった。
 うれしいというのは殆どなく、可笑しいという気持ちだった。こんなの当たっちゃったよ!という感じ。

 用紙の文面を読み直すと、賞品の除菌剤は8000円相当とある。見た目や重さは、ほんとか?と言いたくなるが、新開発のすごい商品なのだろう。私は除菌剤は別に・・・なのだが、会社が鳥取だから、有難くいただこうという所に落ち着いた。行ったことのない鳥取だが、こないだ読んだ酒井順子の『裏が好き!』に影響されているのか。

 その会社のHPに当選の結果発表が載っているとあったので、開いて見た。
 自分がこれに応募したことも忘れていたが、応募した名前もまったく思い出せないので、なんだったか見てみようと思ったのだ。
 結果を見ると、私の頂いた特別賞は、受賞者が17人もいた。受賞した名前(応募した人のではなくキャラクターの名前)がずらずらと載っていたが、自分が考えた名前がその中に思い当らなかった。二度三度、見直したけれども、わからない。
 もしかしたら、私の受賞は間違いだったのか。
 そう思うと、除菌剤は必要ないんだけどとさっきまで言っていたのが、「もうもらっちゃったからね」という気持ちになってくる。
 それにしても、最優秀賞は、3万円相当の除菌剤セットだった。
 もらった人、うれしかったかなあ。

ゲートボール ・ 炊飯器で

 夏休み中は、キャッチボールをする父子の姿も見られる朝の公園で、今日はゲートボールの朝練をする3人組がいた。


 男性一人女性二人、そんなに年寄りの感じではない。女性はまだ60代前半にも見える。
 「ゲートボール=老人のスポーツ」と思っていたが、ヒマのあるおばさま達は早めに始めて、腕を上げていくのかもしれない。

 三人は1人づつマイスティック?と色違いのマイボール二つを持っており、一ヶ所に置かれたあれはなんと言うものか、ゴールに向けて1人づつ打つ。その距離はけっこう広かった。2、30メートルほどもあろうか。女性の一人が、ゴールにかなり近い位置にうまいこと打った。
 「ナイスショット!」とゴルフなら言うところなのだろうが、仲間の女性は、「いい感じ、いい感じ!」と大きな声で言った。男性が、「いいねー、いい!」と言った。
 二打目もかなり近い位置に付けた。「いい感じいい感じ!」「いいねー、いい!」
 試合の時でも「いい」というかけ声なのだろうか。

 もう一人の女性も上手かった。あの二人、抜け目なく健康に長生きして、プロゲートボーラ―を狙っているのではないだろうか。プロがなければ、巷のゲートボーラ―のあこがれになるのを。


  炊飯バナナケーキ

 暑いので、炊飯器でバナナケーキを作る。
 ネットや本で炊飯器で作るお菓子レシピは溢れているが、今まで試してみたことはなかった。バナナケーキなんかは、水分が少し抜けた方が美味しくできるのではないか、炊飯器はそれがないのではないかと思っていたから。
 炊飯器お菓子のレシピは、ホットケーキミックスを使うものが多いようだが、家にある小麦粉やベーキングパウダー等を配合すればできる。砂糖の量が調整できるし、よくわからない材料も入らないから良い。
 でき上がりはまずまずだった。糖分は、二本のバナナと少しのカシスジャムだけで、カシスは甘味より酸味だ。ケーキというよりバナナパンという感じ。
 9月も暑い予報を聞いた。ご飯を炊くのに炊飯器は今、滅多に使わないが、お菓子作りに再登場しそうだ。もう一度バナナケーキ。バナナを一本増やし、味の改善を計りたい。炊飯器はほんと、部屋が暑くならないからいい。


 


 

危険な野菜

干しピーマン


 「長野の伝統野菜。唐辛子のようにお使いください」
 店頭でそのように書かれ売られていたピーマンを買ってみた。

 見た目は肉厚のピーマン小ぶりなパプリカだが、袋の裏面に注意書き。

  ぼたんこしょう

 手袋をしないと危ない。
 だいたい私は慎重派ではない。そんなふうに知らされていても、大丈夫じゃないかと呑気に構えて失敗することが多い自分だとわかっている。今回は、「軽いやけど状態」という文句にややおののき、注意に従いビニル手袋を着用した。手袋をした途端、野菜に対するびびり感が自分の中で増した。

 このぼたんこしょうという辛いピーマンは、味噌味で食べられるようだ。
 ナスや茗荷そして味噌漬けにした大根と混ぜる。あるいは油味噌というのか、炒めて味噌味の佃煮みたいにする。どちらもご飯、麺類、冷奴などに合うそうだ。うまそうである。
 油味噌にしようと思ったのだが、種を取り除いた時点でなんとなく「今日はやめとこ」という気持ちになり、とりあえず、別にやらなくてもいいのだが、干すだけ干してみた。
 この夏は家にいるので、干し野菜も色々やった。今回はぼたんこしょうと一緒に普通のピーマンも干した。縦6等分くらいにして干したピーマンは、夕食で鶏肉の付け合せに焼いたら、ゆっくり炒めたけれども歯ごたえがしゃきしゃきとしておいしかった。

 ぼたんこしょうと一緒に冬瓜を買った。丸ごと一個。
 「冬瓜を買おう」となぜか少し前から思っていた。丸ごと一個で150円だった。冬瓜を買ったことなど今まであったか思い出せないほど買ったことが無いので、よくわからないが、2キロ以上はあるものがこの価格ならなんにしろ安いと思う。
 そして、冬瓜も危険ということが今回わかった。
 冬瓜をカゴに入れようと持ったとき、「痛ッ!」手に刺さるものがあった。
 冬瓜の皮の表面には、見えないくらい細かくしかも手に刺さるような毛が生えていたのだ。両手の平がチクチクした。こすり合わせてみたりしたが、なかなかチクチクは消えなかった。
 レジを済ませた冬瓜を袋に入れるとき、少しでも毛を落とした方がいいと思い、もらったレシートのちいさい紙で、でかい冬瓜の表面をコシコシととにかくこすった。
 冬瓜はでかく、一人には確かにデカすぎるが、冷凍もできるので、少しづつ楽しみたい。とりあえず手持ちの鮭缶と煮る。味噌汁に入れる。来週は鶏手羽、それから塩豚と・・・、だしだけで煮含めるのもいいなと考えている。


   

処暑

 今日は、二十四節気の ”処暑”

 暑さが峠を越えて後退し始めるころ、だそうだ。

 昨日は名古屋で37.6℃もいったらしい。北日本を襲っている台風の影響もあるのだろうか。
 腰がだいぶ良さそうなので、高温になると朝知って、図書館に避難し、異常な暑さは免れた。
 帰宅したのは4時半ごろで、外はまだじりじりと暑かったが、部屋の中はホッとできるほどの温度だった。
 遮光カーテンの威力についてはもう述べたが、盆過ぎての残暑厳しく、ここにきて一層の日光・外気温遮断をしている。
 閉じた遮光カーテンの上から、使わない布団シーツを洗濯ばさみで留めて垂らすのだ。効果ありと見ている。
 緑のカーテンやヨシズなどがあれば一番いいのだが、この夏名古屋にいないと思っていた者には致し方ない。
 処暑といっても、まだ暑さは続きそうなので、あとできることとして、もっと髪の毛を短くしてしまうというのがある。昨日スーパーで坊主頭のおばあさんを見た。すごく魅かれる。


 朝は久しぶりに小さいおじさんと大きなゴールデンレトリバー・ももたろうに会った。
 公園の脇の道端でおじさんは胡坐をかき、ももたろうはベタッている。
 おじさんは持っていた小さな袋からプラスチックの子ども用の茶碗のような皿を取り出し、そこにペットボトルから水を注いでももたろうに飲ませた。茶色い鼻をつっこんで、ももたろうはがぶがぶ飲んだ。
 「これねえ、ポカリスエット。水だと最後までのまんだよ。おいしいもの知っとるだ。」おじさんは言った。
 顔を上げたももたろうの下に、きれいに空になったプラスチック茶碗が見えた。
 ももたろうは、濡れたあごを、おじさんにハンカチで拭いてもらった。
 ももたろうは、若いときの半分ほどしか歩かなくなったらしい。
 まったくの他人だが、長生きしてほしいももたろう。
 長い毛は短く刈ってもらっているが、ハアハアいっている。彼にも良い季節が、もうすぐのはず。


   
 


 
 

寝顔

 

若い女の無心な寝顔ほど美しいものはない (中略) どんな美人でも寝顔の年はかくせない。美人でなくても若い寝顔はいい。




 『眠れる美女』を読み終え、とても面白かった。

 中に上のような文章があり2、3度読み返し、寝顔については、自分も興味があるようだと考えた。
 と言っても、私は他人の寝顔をいくつも知らないし、今まで寝顔を見る機会はあっても、じっくりと観察したことなどない。
 けれども今、「寝顔見ますか?」という誘いが来たら、のって行ってしまうと思う。
 そう考えてみると、見させてもらうのは、美しい寝顔の方がいい。私はまだ老人でないが、若い方がいいような気もする。自分は女だからか、美しい男性もいいと思う。写真ではダメだ。寝顔は生。たとえ死んでいるように寝ていたとしても、生がいいと思う。寝ているという感覚、細胞が生きている感じが欲しいのだろうか。寝ている人の素(す)の顔が見たいというより、ただきれいな寝顔を見てみたいと思う。
 それから、私はたぶん女性を好きになる性質ではないと思っているが、川端がほんとにうまいこと書いているからだろうか、私も作中の「眠れる美女の家」で眠らせれている若い女の、すいつくようになめらかでしっとりした肌の横に寝ることに、ちょっとばかし好奇心がおこった。

 ・・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・

 昔観た映画をもう一度観る。3回目か?
 カッコーの巣の上で

 最初から最後までしっかり緊張感。
 面白かった映画10本に入る、かな。


 


  
 
 

いずれにしても眠れる

 なんとなくオリンピックサッカー男子決勝をラジオで聴いていました。ドイツVSブラジル。
 特別興味はありませんが、なんだか怖いようなアウェイの会場で戦うドイツを、なんとなく心の隅で応援。
 結果、熱線で開催国ブラジルが勝ち、良かったと思いました。負けたら観衆が何をしだしたか。
 しかし、サッカーの実況アナウンサーは大変ですね。二時間以上喋りつづけ時に絶叫し。私が二時間歩くより、よっぽど沢山のカロリーを消費しているでしょう。

    。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。


 「眠れぬ夜に読みたい本」だったか、そんな感じで雑誌の特集記事に紹介されていたのを思い出し、借りてみました。

 プルーストの『失われた時を求めて 1 スワン家のほうへ Ⅰ

 まだ最初の50ページしか読んでないが、わたしがこれを読み切るのに必要なものは、忍耐です。
 こう、だからどうしたいのか、と言いたくなるような長いまどろっこしい文章は、ときどき翻訳本で出会いますが、あれは訳の問題なのか、西洋人の好みなのだろうか。
 また、ぺらぺらと後ろの方も眺めてみたところ、これは家族やその周りの人々のことが大半書かれているような気配です。興味がわかない。しかもこの作品は、14巻まであるらしい!(岩波文庫にて)

 「眠れぬ夜に読みたい」と言ってこの作品を挙げている人は、何人かいました。その人らは、イメージを非常に豊かに広げて楽しめる優れた感性の人、フランス好きの人、あるいは、早く眠りに入りたい人でしょう。
 とりあえず自分は、この第1巻を読み切れるかどうかです。


 川端康成賞を読んだあと、川端自身の作品を殆ど読んでないと思い、師匠に教えていただき、プルーストと同時に読んでいます。
 『眠れる美女』
 変態的で面白いと、確か師匠は言っていましたが、確かに。
 老人男性が眠り続ける裸の美少女に添い寝をする、というふうな内容で、こちらもまだ少ししか読んでいませんが、男性が読んだらより興味をもてるのではと思います。
 川端康成は、痩せこけたネズミみたいな印象が強いので、あまり性的なイメージはなかったのですが、そういうこともとてもうまいさじ加減で、表現も昔のひとだからなのか、綺麗なというか匂わせる感じというか勿論話自体性的な話なのですが、そういうのが、わたしには面白く読めます。
 プルーストより明らかにわたしには面白いですが、いずれにしても、2,3ページ、行って5ページ読むと、本を閉じて寝てしまいます。午後8時半あたりです。


 眠れる美女 川端康成

 
 
  

温泉卵

 朝、会長に会う。

 「おはよう、暑いね。こんど一日に引っ越すことになった」
 例の4千万のマンションの話だ。
 「大きいマンションは、いいねえー」
 既に汗を吹きだし、赤くほてった顔で会長は続ける。今日は、こないだ聞かされたことに所々補足しながら、ほとんど同じ話だった。
 「使わない皿はボタンをぽっと押すと、上にがーっと運んでくれる」
 そういう特別装置を付けた特注の会長の第四マンションの部屋は、「他は4千万だけどうちは4千6百万」
 会長のお金の話はどうでもいいが、会長は朝4時から歩いているらしい。6時にはもうどうりで汗だくなはずだ、太ってるし。
 そして、会長が半袖シャツの下に着ている肌着。もうかなり着尽くしているように薄くなっており、首回りのところが、わりと広く糸がほつれて、穴が開いたように赤茶色の肌が見えていた。


  温泉卵

 今朝は朝食に温泉卵を付けた。
 めったにやらないことだ。

 
     温泉卵黄身

 卵は、生やしっかり火を通したものより、半熟くらいが消化によいと聞いたことがある。温泉卵は白身が半熟だがどうなのだろう。
 温泉卵を食べる習慣は育った家になかったし、大人になっても旅先の宿で出されれば、美味しく食べるのみだった。
 朝食べるにはもちろん生の方が簡単だ。今回は昨日夕食にスパゲッテイを作ったので、ついでに作ってみたのだ。久しぶりの温泉卵。

 食べる際、温泉卵は生よりよろしいことが、今回確かに分かった。

 しっとりと固まった黄身の味が、しっかり濃く感じられるのはそうなのだが、これは生卵でも十分な満足が得られると思う。
 生よりより良いのは、黄身がそのままでいるということだ。

 生は、新鮮なぷるんとした卵でも、黄身は箸を刺したとたん、飯の中に流れゆく。(注:ご飯といっしょに食べる場合の話をしています)すると、もっと黄身の味をしっかり楽しみたいと思っても、すでに飯粒と混じって卵自身は薄くなってしまっている。
 けれども温泉卵の黄身は、そのままの固さを保っているので、黄身だけちょいちょいと口に入れてその味を楽しみながら、ご飯を食べられる。生卵かけごはんは、後半何かしらの味付け(醤油など)が欲しくなるが、温泉卵は何もいらない。卵の味だけでご飯がいける。白身が生みたいにぶるんぶるんしてないのも、食べやすくてよろしい。

 生卵かけごはんを食べると、最後、茶碗に黄色が薄く残る。それを洗うのが嫌というわけではなく、卵がここにまだ残ってるもったいないという気持ちになる。祖母や父は、最後茶碗にお茶を入れて飲み、きれいにしたもので、私も確か子どもの頃はそうしていたのだが、いつからかやらなくなった。家族でない人たちと食べることが多くなってからだろうか。たまに思いついて、お茶を入れて飲んでみたりするが、見た目もなんか濁っているし、おいしくはない。
 温泉卵かけごはんは、茶碗が汚れないことも、貧乏性のわたしには、うれしい。
 
 


ひとりごと

 朝起きて散歩し、ラジオを聴き、ラジオ体操をし、本を読み、ご飯はしっかり三回食べて寝る。

 腰を傷めて二か月半。ずっとこの生活だ。
 と言っても、傷めて一カ月くらいは歩くのも10分くらいが限度、ラジオ体操で腰を曲げるのはできないし、座るのも10分位でしかも絶えずゆるゆる動かしてないとダメだったのだ。
 今やっと回復が感じられてきて、楽隠居しているような感じだ。

 けれどもそういえば、腰を傷める前にも、友人から隠居みたいな生活しているねと言われたことがあったなあ。

 
 今しかできないことをしよう、と思っても、なかなか不精でもあり、やる気というものも加齢とともにか明らかに減っている。
 たくさん本を読むのも、干し野菜を作るのも、今しかできないことではない。
 ただ、他人と交わらないということで、臭う食べ物はいくらでも食べられるということはある。
 例えばニンニクだが、食べると臭いが身体に残りやすい体質みたいなのだが、今は気にせずいくらでも食べられる。叔母が一昨年・去年そして今年も巨大でとても綺麗な白い新ニンニクをくれたのだが、去年までは、なかなか使い終わらなかった。保存のために醤油漬けにした一昨年のものは、まだ沢山、冷蔵庫の中にいる。この夏は、炒め物、ドレッシング、スープにと使いまわしているが、まだまだある。この2.、3日、残暑というのか、またやたら暑いので、ニンニクご飯でも作って精を付けようか。精付けるならば豚肉も入れようか。
 夏バテもなく、なんにもしてないんだが。


 寝ころび本は、吉本隆明と娘のハルノ宵子の『開店休業』
 これを書いた当時、すでに83歳を越えて目や足も悪くなっていた吉本隆明氏の、主に食べ物にまつわる思い出、それにからめた娘の補足兼思い出がつづられている。
 吉本氏というのは、死ぬまで好奇心が旺盛な人だったようだ。80を越してお菓子のグミを初めて食べ、感心し、娘に幾種類かのグミを買って来てもらい食べ比べ・・・なんて、自分がその年になってやるだろうか。
 お菓子のグミを知るまで吉本氏にとっては、グミと言えば果実の茱萸(グミ)だったのだが、なんとわたしにとっても、中学生くらいまではグミといえば茱萸だった。
 吉本氏の遠い記憶の中にある遊びのゴム跳びはわたしもやったし、とおりゃんせの歌も歌える。とおりゃんせの遊びもやった記憶あり。
 わたしもやっぱり、あちら側のひとなのかと思う。

  

良いことばかり言う集団や個人が増える社会は衰亡していく。



  開店休業
   

 

うーん

 昨夜は暑かった。
 蒸し暑くて、この夏一番暑く感じた夜かもしれない。
 けれどももう、夜中に蝉の声が聞こえることはない。


 そして朝。
 散歩の終盤、少し高くなっている公園を歩いていると、下を通る道に、おばさんらしきパーマのかかった黒い頭が見えた。
 ものすごいゆっくり動く頭。つまりものすごくゆっくり歩いているようだ。

 公園を出て、家の方に向かう途に出ると、パーマおばさんが向こうからやって来た。
 ものすごくゆっくりの訳がわかる。
 連れている犬がいて、小型のコリー犬みたいな感じなのだが、その犬を上方から団扇で扇ぎながら歩いているのであった。
 愛を持ったような目で見おろしているのが、離れていても伝わってきた。
 「丸刈りにしてやれ」と私は思った。
 丸刈りはもちろん極端だが、蒸し暑い日本、毛の長い犬は刈ってやれ、だ。愛があるなら想像してやれ。団扇もいいけどまず、刈ってやれ。


 公園の駐車場を横に見るところが、私の散歩コースのおしまいになるのだが、この頃その辺りに、ときどきおじいさんが座っている。脚を組んで。
 何をしているのか何も見るものもない場所で、と最初は思って近づいていった。
 「う!!」
 なんと煙草で一服しているのだった。空き缶を灰皿にして、ゆったりと、また、ぼんやりとした感じで吸っている。
 なぜここで!
 自分の家族が「外で吸ってくれ」と言うのかもしれないが、なんで公共の、しかも気持ち良い朝の公園に来て吸うのか。しかもしかも、人が通る遊歩道ですよ、そこは。嗅覚の優れた犬たちもいっぱい通る。

 そう言ってやりたい!という気持ちは腹の底の方に小さく持ったまま、面倒なことにはなりたくないので、私は自分の散歩コースを少し変えました。
 しかしこういうことには、なかなかヘラヘラできないです。




 

ブルドッグ


 買ったキャベツが「あまってるなあ」と思った時、じゃあ、と思って作るのが焼きそばです。

 それほど麺類好きではないのですが、焼きそばはキャベツとの関係でたまに作ります。今回は豚肉とちくわ、ピーマンも沢山あったので即決定。

 ソースがなかったので、買いました。たぶん半年ぶり位です。 私はソースを使う料理、まず焼きそばお好み焼きでしょうが、滅多に作らない、お好み焼きなんか何年に一回くらいにしか作らないので、ソースは常備しているわけではありません。焼きそばはソース味でなくてもいいですし。

 前はコーミのウスターソース500MLを買いました。ソースでレバーを煮ようと思ったので量多めが良かったのと、材料によくわからないもの(増粘剤など)が使われてないこと、そして手頃価格だったからです。店の棚に並んでいた色々のソースの表示を見ましたが、中濃とかトンカツソース、濃口、お好み焼き用などどれも大体よくわからないものが入っていますね。価格の高いものは其れなりに良さそうですが、いかにも国産で安心そうな商品でも、あこれも入ってる、というようなこともある。
 長生きしたいとは思ってないし、頻繁に口にするものでもないのだから、何でもいいとは思うのですが、原材料はなんか見てしまいます。でも、こだわり食材店などに行くことは滅多にない。ここが私の居るラインです。

 そして今回は、ブルドッグソースを買いました。
 なんとなく、最初からブルドッグにしようと思っていた所があります。
 前に実家に帰った時にブルドッグソースがあり、その時使ったわけではないのですが、「お父さんがソースはこれがいいって言っとっただよ」と母から聞いたのです。
 これは初めて知った事実。
 私は今思ってもなんであんなにという程、父を嫌っていたのに、そして父の味覚が肥えていたとも言えないのに、どうしたものか、母の言葉に影響されてブルドッグに決めたと思います。
 「おばあちゃんも おかあさんも ソースはブルドッグ」
 ブルドッグソースの頭に、そう謳った紙が貼られていました。家は、「おとうさんが ブルドッグ」なのでした。

 さて、焼きそばの仕上げにいよいよソースと思ってブルドッグの蓋を開け、スプーンに傾けてみると、予想以上にトロミがありました。もちろん確かめています、ブルドッグに、よくわからないものは入っていません。このトロミは、焼きそばよりも千切りキャベツに合う、またはトンカツかな。味付けは、ブルドッグと自家製ニンニク醤油できめました。
 具材の量やソースの使用量にもよるでしょうが、味も色もやさしい感じでした。


  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  ・・  


 ところで『蛭子の論語』を読み終えたのですが、そこで私は思っていました。いつでもちゃんとヘラヘラとした姿勢を持てるようにしようと。
 元来、視野が狭く、器量の小さいことは自覚しているのですが、何かあるとそれを忘れてしまって、大人げない対応をしてしまうことがあります。気も短い自分の性は、歳を取って少し長くはなったかなあと思っていたのに、つい先日も老母相手にバカな対応をしてしまった。
 自分の性格や器量はなかなか変えられないと思いますが、「ヘラヘラする」ことは、やろうと思えばできるように思います。とりあえずヘラヘラと相手のことを受ければ、相手はこちらに真っ向からイヤな気持ちを持つことはないのでは。そして、「こいつはいつもヘラヘラしてんなあ」と思いあきらめてくれれば、こんな気楽になることはありません。
 TPOという言葉もありますが、ひとまずそれも無視して、ヘラヘラ。

 簡単な哲学書や文学を読んでも、なかなかこんなふうに何か思い立つことなど殆どないのに、蛭子さんはやはり侮れないです。




デカい

 西部劇俳優ジョン・ウェインを初めて観た。

 有名なので名前だけはもちろん知っていたし、『駅馬車』『アパッチ砦』くらいは出演作としてなんとなく知っていた。
 大スターというイメージはあったから、どんなかなあと思って観た。

 観たのは、1946年製作の『拳銃無宿』 相手役はゲイル・ラッセル。
 この時ジョン・ウェインは39歳。相手のゲイルはまだ、うら若い乙女のようだからか、かなり老けて見える。
 昔の映画には、女性が若くて男性が老けてる配役がけっこうある気がするが、大人の男の魅力が出るのは、やはりある程度の年齢を重ねた者だということか。しかし額の深い横じわが気になる。
 そのお顔の方だが、二枚目とは言い難い。船越英一郎と津田寛治を混ぜ合わせたよう。

 そして、なんといってもデカい。
 今半分観たところだが、話はわたしにはあまり関心が持てないが、ジョン・ウェインがデカいというのだけチェックしながら観ている。身体も大きいが、その手がべらぼうにデカい。まったくグローブのようであり、ゲイルの顔を握りつぶせそうだ。

   拳銃無宿
 
 
 さて、昨日読んでみたのは、蛭子能収氏の『蛭子の論語』
 これはけっこう前にラジオで本人インタビューしながら紹介されて、興味を持ったので読んでみた。
 蛭子さんは、とても映画好きということが分かった。
 あっという間に四分の三読み進め、期待したほどには目新しい面白さはなかったが、これを読んで気が楽になれる人や、自分の生き方に少し自信を持てる人がいるというのは想像できます。

最近の世の中は、何でもかんでも意味を求め過ぎるような気がするんですよね。(中略)迷惑をかけないのであれば、意味があろうとなかろうと、何でもかんでも好き勝手にやればいい。


 これなんかは、わたしに対して言ってくれてるのかとも思える。
 蛭子さんは競艇が何よりも大好きで、そのために生きているみたいなことを書かれていますが、ギャンブルに生き甲斐を持つ人を周りに知らないので、どのような遺伝子からこういう人ができるのかなあと思います。
 


 セロリ師匠に教えていただいたちょっと古い日本映画は面白かったです。
   十九歳の地図

 加瀬亮に興味なかったけど、とてもうまかったです。
   それでも僕はやってない

 
 

 

 
 
 

読めるレシピ本

 その植物性食品は、カルシウムは同量の牛乳の4倍、カリウムはプルーンの6倍、そして鉄分は鶏レバーと同等、ビタミンB1は豚レバー並み。

 食物繊維が多そう、という位にしか認識していなかったその食品は、切干大根。


 魚柄仁之助氏の著書『腸を元気にするレシピ109』から知りました。


 料理のレシピ本を見るのは好きです。きれいなカラー写真が載っているものがいいです。
 この本は字のみ。本文にはイラストもないし、レシピもただ上から下に普通に文章になっているだけです。
 でも、とても興味を持って読めます。レシピがとても気楽な感じなのと、「茄子の刺身」とか私には目新しいものがあるし、栄養や害のあるものの説明も、うるさくない程度に教えてくれているからでしょう。鰺は「味が良いところから名が付いた」などのちょっとした雑学も学べます。
 元々私は食べ物や栄養に関心のある方ですが、そうでない方々でも、料理に少し興味あるなら、面白く読めると思います。一つだけ注意は、魚柄氏のわざと使いまわしているふざけモードの言い回しが「イヤ!」とならない人におすすめします。

 『腸を…』というタイトルですが、腸だけに限らず様々な食品の効能が書かれています。
 貧血対策食品を私はまず作ってみます。切干大根、干しシイタケ、ヒジキなどの保存性のある惣菜です。なんでも魚柄氏も鉄欠乏と診断された時、これを食べて2カ月で治したとか。
 その他、先ほど言った茄子の刺身を秋なすで作ってみたい。ニセウニ、柿酒、茹でレバーの味噌漬け・・・

 今日買い物に行ったらちくわを買って、魚柄流かば焼きを作ってみようかと思います。
 台所に立ち続けるのがしんどかった状態から、少し良くなってきたので、うれしくありがたい。
 ちょこちょこと台所仕事をするのは、私にはすごく気分転換になるのです。


 
 オリンピック皆さん頑張ってらっしゃるけど、ニシコリケイ銅メダル、スバラシイなあ。





 

 




腸を元気にするレシピ109

豆鰺で

 買い物からの帰り、交差点から少し入った所に車を停めた中年男性と、小さめのバイクを停めた警察官が、何やら楽しげに談笑していました。警察官は腕を組み、男性は腰に手を当て軽く体を横にゆすりながら。特に男性の方は、思い切り笑っています。
 あの警察官はいつも、交差点の一旦停止違反を、じっとり見張っている人。私はすぐにわかりました。
 そして男性はきっと捕まった人なのでしょうが、なにをあんなに楽しそうに喋っているのか。
 交差点ではけっこう車が詰まっていたので、私はその二人を5分以上は見ていましたが、もうずーっと笑いながら喋っていました。で、停めてあった男性の車の窓が開いていたのですが、中に女性が二人、こちらも非常に楽しそうに笑っていた。で、車はエンジンがかけっぱなしだった、エアコン使うために。あの様子だと私が目に留める前から、そして見えなくなってからもしばらくは立ち話をしているはず、少なくとも10分以上は。
 捕まえた方と捕まえられた方が楽しく喋るのはいいけれど、停めた車のエンジンは切りなさい、と私は思いました。たとえ暑くても!じゃなかったら談笑ヤメ!!



    アジ南蛮


 金色に光るよさそうな豆鰺があったので、買って南蛮漬けにしました。
 正確に言うと、南蛮漬けの材料が鰺以外そろっていたので、いいものがあれば最初から買うつもりでした。

 豆鰺と言ってもわりと腹の幅のあるものが、パックに17匹も入っていました。自分一人用なので、ちょっと多かったのですが、毎日朝晩と食べればまず5日くらいで食べ切れると、買いました。

 豆鰺でも、大きな鰺と同じように鱗があるしゼイゴもはらわたもある。
 気温が高いので、氷で冷やしながら下処理をしました。
 自分で調理する時、鰺は好きな魚です。一番大きな理由は、臭いがそれ程強くないこと。
 切っている時はほとんど気にならないし、手に残ってしまう臭いも、臭いというより潮の香りに近いです。
 それと、鯖みたいにはらわたがいっぱい出ることもないのがいいです。
 そういう鰺を処理していると、なんというか、鰺はすなおなだと思います。鰺のゼイゴをすーっと削ぐのが、私は好きです。気持ちが良い。

 南蛮漬けは、とくに暑い時期に自分のために作ることは殆どありません。
 それは、揚げ物だから。台所で暑くなりながら油ものを作りたくない。
 今回は、ピーマンが沢山あったのに加えて、ゴーヤの漬物を作った漬け汁が残っていたことが決定させたのです。
 私は、漬物や煮物などの漬け汁煮汁が残った時に、それをなんの躊躇もなく捨てることができません。何かに再利用できないかと考え、大概再利用して、自分の体内に摂りこみます。
 ゴーヤの漬け汁は、醤油・みりん・酒・酢・昆布・生姜などっだったので、これに手を加えて量も増やして南蛮漬けの漬け汁へと変身。
 避けたい台所の暑さは思っていたほどにはならず、汗は吹き出しましたが垂れるほどのことはなし。たっぷりできました。
 
 朝食でしっかり3匹食べました。頭も骨も全部食べられます。箸で身を半分に切れる柔らかさです。白くなった身などを見て、やはり鰺はすなおと思う。頭を齧る時に、じっと見つめてはいけません。胡椒がちょっと利いて、ご飯もすすむ味でした。
 


すずしい


 なんということか、もう空気には秋が確実になりました。
 光を見ると、真夏とははっきり違っているのが分かります。
 たまたまそういう天気だった、というのではないと思う。立秋はもう過ぎているから、こんなものなのでしょうか。
 夏の終わりというより秋来ちゃってない!?と言う感じです。
 3年ぶりの名古屋の夏は、恐れるように予想していた「熱帯名古屋」ではなくて、ホッとしたような拍子抜けしたような。
 
 二日ほど前までは、夕方4時過ぎに遮光カーテンと窓を開け、外気を部屋に入れていました。その時刻より前に開けると、熱気が入ってきてしまうから。
 昨日は、もう3時過ぎには開けられました。太陽の位置も確実に早く西の方へ動いているのがわかります。
 夕食時には、保冷剤を首などに当てつつ、扇風機も”中”の強さで回していましたが、保冷剤はもう要らず、扇風機も途中で止めました。

 こんなふうになってくると、まず思うのは、そろそろ赤ワインかなあということです。
 この夏は、「ジンだ!」と訳もなく思いついて手を出したら、やっぱり!と思うように自分の口に合っていました。でも、私はストレートやロックなどで強いジンを飲むことはないので、殆ど酔いません。ああなんとなくアルコール飲んだかなあ、という感覚が食後に僅かにする程です。
 赤ワインになると、安価で飲みやすいちょっと甘めの国産ワインを飲んでいるので、ついクイクイと行ってしまうことがある。身体がふわんふわんとし、頭がぼーっとし、なんだか笑えるいい気分になる位に酔うことがあります。あれはいいです。それで、すぐ寝ちゃう。


 天気予報では、「まだまだ猛暑つづく、9月も暑い」と言っています。今のところ、わたしはこの夏エアコンを使っていない。さあ、どうなるでしょう。
 後頭部の髪の毛を、”とら刈り”と言われるくらい短くしました。
 いつものようにアイス枕に薄手タオルを巻いて床についたら、頭が冷たすぎて眠れず、普通の枕に変えました。




 

お盆休み

 ほしよりこの『逢沢りく』をまた読んだ。
 やっぱり名作だ。
 ほしよりこのことは殆どまったく知らないが、すごい。


 なんでも今年から8月11日が祝日になったようだ。山の日。だから帰省がこの日ピークなのか。弟家族も実家に昨日帰ってきたらしい。1人が嫌いでない母も、孫に会えるのはやはり嬉しいのだ。
 弟は至って普通、まともな生活をしている人間だとはわかっていたが、帰省の度、まだ幼稚園児である息子たちを連れて、墓参りにいくらしい。そして手を合わせてお参りさせるらしい。炎天下の真夏でも。家には仏壇があるが(私の祖父・祖母・父の)、そちらも必ずチ~ンをさせて、お参りさせるそうだ。弟の息子たちにとっては、遺影でしか見たことのないご先祖様だ。「何を思ってまだ小さい子どもに、あっつい時もあんなにしっかりお参りさせるだかわからん」と、母は言っている。

 私にとっては世話になった3人でもあるので、帰省のときは仏壇に線香をあげお参りすることは私もやる。とは言え、まず、自分は無神論・無宗教者だろう。
 お経にも仏事にも興味はないが(自分が死んだときのことは考えるけれども)、お盆に出す提灯はとても好きだった。

 家の盆提灯は、灯りを付けると青っぽく光るもので、あれはどういう仕組みだか知らないが、クルクルと光が回って和紙に描かれた花の絵だったかを照らした。とても綺麗だと思った。外はもう暗く、部屋の電気も消してあり、盆提灯だけが灯してある。違う空間世界に自分がふわ~と漂っていくような気持ちになった。
 実家では今も盆提灯を出しているようだが、もう何年か、お盆のときに帰省しないので、私は見ていない。でも、今見ても、きっと好きだと思う。

 思い出した。仏様の迎え火と送り火の時焚く、松明の匂いも好きなものだった。松明を焚きながら子どもの時分は花火もやった。
 少し大きくなると、母を手伝って帰ってきた仏様用のご飯も作ったのだった。煮物やそうめんや酢の物や、家が入っているお寺から毎年、「お盆三日の朝昼晩はこんなメニューで」というような案内が来て、それを見ながら作った。
 胡瓜の馬と茄子の牛ももちろん作った。

 こうしてみると、自分はけっこうお盆の思い出というものがあるものだ。

 今年は長時間の運転ができないのでやはり帰省せず名古屋に居る。近所の様子はいつもと変わらず、少しだけ静かになっている気がする。
 

  逢沢りく

 

 

蚊に刺される


 まだ確かに暑いですが、昨日、空気が変わったと思いました。
 昼間の暑い夏の層の中に、スッとした秋の筋が入ったような。
 
 今日は昨日より気温が上がるらしいですが、7時前の朝はもう、聞こえるのは秋の虫の声ばかりです。
 いろんな声が聞こえるので、「虫の声」の歌を頭の中で歌ってみますが、どれがどの虫なのか私にはなかなかわかりません。

 ところで昨夜、蚊に刺されました。
 背中と腕と脚、5,6か所もです。窓を全開にしているので蚊は時どき入りますが、こんなに一息にあちこち刺されることは珍しい。しかもあの、ぷ~んという高い音をいっさい耳にせずです。
 いつ頃からか誰かの影響からか、蚊に刺されると、「蚊にやられた!」と言うようになりました。蚊を敵対視する気持ちがより表れています。
 昨夜私を襲ったヤツには、まったくやられました。すぐに虫刺され薬を塗り、蚊よけスプレーをかけました。その後新たには刺されませんでしたが、痒い所がずっと痒い。もう一度上から塗って寝ました。朝起きた時、まだちょっと痒かった。
 まだ秋口という所までは来ていませんが、「秋口の蚊はしぶとく、痒みも強い」と言います。ヤツは秋口の蚊のハシリかもしれません。

 もともと私は虫に刺されやすい。
 子どもの頃は、数人一緒にいると、一番多く蚊に刺されるのは自分でした。田んぼの広がる田舎の方にある母の在所に行くと、蚊だけでなくブヨにも刺されました。ブヨは腿を刺しました。ブヨは蚊よりももっと小さいですが、刺されると、手のひらをいっぱい広げたより大きく赤く腫れ上がります。腫れた所はもちろん痒みも強いし熱を持って熱かった。両足パンパンになっていることもよくありました。
 「あれは痒かったなあ、もう二度とイヤ」という脳味噌の記憶はありますが、あの酷い痒みが身体的記憶として残っていたり、よみがえってこないことを、非常に救われた気持ちで思います。

 そして私は蚊を仕留めることがヘタです。
 動体視力と運動神経の関係でしょうが、明らかにダメです。「蚊をたたいたら可哀そう」という潜在意識から仕留められないということは、100%ないと思います。
 昔の職場の先輩(女性)に、蠅を捕まえるのがめちゃくちゃ上手い人がいました。
 その人は、蠅たたきでも上手でしたが、もっと確実なやり方がありました。
 透明ビニル袋を片手に被せて、それでとまっている蠅をキャッチするのです。捕まえるとビニル袋をくるっと外し、蠅を入れたまま口を縛ります。そしてゴミ箱へポイ。蠅たたきだと潰れて網に着いたり、死んだのをつままないとならないから、この方がいいと、先輩は言っていました。そして先輩のお母さんはさらに上級者で、飛んでいる蠅を素手でキャッチし、と同時に床に叩き付けるように投げ落とすのだそうです。蠅は床で死にます。その死んだ蠅を素手でつまみあげて捨てるのかどうかは、訊きませんでした。

 小学生の頃、2つ下の弟が、でっかい黒蠅を透明ビニル袋に捕まえたことがありました。
 弟は蠅を生かしたまま、机の上に置いてほかっておきました。
 翌日だったか2日後か、そのでかい蠅は卵を産んでいたのです。卵は白っぽい小さな小さな粒々の塊でした。それを見た私は、ものすごいきもちわるい!と思い、すぐさま袋ごと蠅を捨てました。
 あの、蠅が卵を産んだことはずーっと、非常に気持ち悪いという記憶でしかなかったですが、今こうしてこう書いていたら、蠅も生きていたんだよなというようなことが、やっと気持ちに上がってきました。




 

夏の日の

 大きな姿のオクラをいただきました。

  おくら


 一番長いのは、15㎝ほどもありました。
 店頭でこのサイズのオクラを買うと、たいがい育ち過ぎという感じに肌がもう固くなっています。でも、このいただいたのは、長いけどもやわらかい。色合いからして淡い緑がやさしいです。生でおいしく食べられました。刻んだオクラと刻んだトマト、玉ねぎを納豆に混ぜて食べました。短いオクラは、こちらも頂いた美味しい茄子と一緒に揚げびたしに。


   水ようかん

 夏のデザートは、水羊羹です。
 あんこから自分で作れば、甘さ加減が好きにできるので、水羊羹は手作りがよい。
 こしあんを作るのは、本来はけっこうな手間ですが、フードプロセッサーがこの労力軽減に大活躍。いつもは大量の野菜を刻みたい時や、肉を細かいミンチにする時などが主な出番のプロセッサーです。買って良かったものの一つです。

 もう一つ、今年気付いた夏の発見は、クッキーも冷やして食べるとおいしい。


 まだまだ暑い盛りですが、秋好きの漫画家柳・沢きみお氏のエッセイを読んでいるからか、夜中にトイレに目が覚めて眠れないとき、栗ごはんの映像が浮かんできました。秋になったら水羊羹から栗蒸し羊羹・・・特別栗好きでもないけれど、秋というと栗のイメージはあります。栗の前に葡萄。そして秋刀魚、新米、柿、林檎・・・

 秋がまた、待ち遠しくなりましたが、もう少し夏の味を愉しみたいと思います。
 今夜は茄子の揚げびたしと冷奴、辛い夏大根のおろしとジャコのサラダ。そして夏の一杯、ドライジンです。


  なんだかなァ 人生

3人の長

 朝の散歩で顔を覚えた人は、昨日書いた会長の他にもいる。

 毎日ではないが時々会う二人。
 一人は今朝会った。
 
 年の頃は80を越えているかもしれない。
 白い夏用ハットを被り、白いポロシャツ、ベージュの綿の半パン。脹脛辺りまでの白いソックスに茶色のウオーキングシューズ。
 見かけるときは大概、この装いをされている。身体は細身。歩調は速めで足取りもしっかりしている。
 眼鏡をかけた細い顔には、低く腰を落としたような落ち着きがあり、微かな厳しさも感じられるのは、その眼の様子と、挨拶をするときも決して笑顔にはならない所からくるものだろう。
 そして、この方の一番目を引く特徴は、きわめて色白ということだ。
 顔ももちろん白いが、半パンとソックスの間に露出している足が、病的と言える程、白い。
 私はこのおじいさんを、「院長」と呼ぶことにした、心の中で。

 もう一人も老齢男性だが、院長よりはやや年下だろう。そして院長より明るい感じ。
 こちらも定番の服装。
 細めフレーム眼鏡、白い開襟シャツにグレーのジャージズボン、足元は紺色のスニーカー。そして、腰のベルトに携帯ラジオを付けている。
 「正しい」という言葉が歩いているふう。
 この方は「校長先生」とした。
 背は高くはないが、「健康そう」と思われる身体の様子。”丹田”とか鍛えているのではないかと思う。
 こないだ、腰のラジオから聴こえてきたのは、NHKラジオ第2の英会話講座だった。
 それは「Hello,kathy!」あたりの英語だったが、校長先生は海外旅行などを考えておられるのだろうか。

 会長・院長・校長先生
 朝のメンバーは、けっこうな社会的地位のある人がそろっているものだ。
 


 


 

 

会長


 ほぼ毎朝散歩中に会う人の1人が、左足だけがに股になって歩く太ったおじさんだ。


 黒い太めの眼鏡をかけ、小さい麦わら帽子(おじさんの頭が大きいとも言えるが)を、間にタオルを挟んで頭にちょこんとのせている。
 このおじさん(70代半ば~後半)と会うようになったのは、まだ最近のこと、暑くなってきてからだったと思う。
 始めのうち何回かは、ただ挨拶だけした。
 それからかなりな暑さになるようになって、「おはよう、暑いねえ」とおじさんの方から言うようになった。「ほんとに暑いですねえ」と返して終わりだ。
 ここん所は、おじさんが、顔見知りのおばさんと一緒に喋りながら歩いており、すれ違った時一応挨拶したのだが、おばさんは返してくれたけど、おじさんは丸っきり無視だったので、まあ挨拶しないようにした。

 今朝、久しぶりに一人で歩く太ったおじさんと会った。
 「おはよう、暑いねえ」
 以前と同じように向こうから声をかけてきた。その後続けて、
 「もうねえ、これだけ歩いた」と言って、腰に着けた小さな万歩計を私の方に出して見せた。私は立ち止まり、
 「へえ、もう5200歩以上歩いたんですか」と言うと、
 「この万歩計はねえ、夜中になると自動的に0になる」とおじさんは返してきた。そして頭の麦わら帽子を取ると、間に挟んであったタオルでつるっつるの頭をぐるんと拭いた。

 「それは優れものですね。もうこれだけ歩いたなら一日で一万歩以上はやっぱりいきますか?」
 「だいたい一万五千歩はいくね」
 「ちょっと歩き過ぎじゃないですか?」
 「歩き過ぎだね」
 「でもそれだけ歩けるんだから丈夫ですね」
 そろそろおじさんとの会話は終わりかなあと考えながら返事をすると、
 「こないだねえ、第四マンションを買った」
 え、どこからそれを?と言いたくなるような話を投げてきた。そして私が何も言わぬうちに、
 「四千万。ローンなしでキャッシュでね。部屋は5部屋もある。14畳、八畳が二つ、六畳が二つ。キッチンは食堂の真ん中にあるタイプで前も後もこれなら見える」
 「へえ」とだけ答える私。
 「第四マンションは一番高級だ。その辺のよりずっといい。だいたいそこらのは三千万くらいで隣のうちの音は聞こえるし・・・」
 だんだん自分の耳が遠くなるように感じる私。
 おじさんが少し間をおいたので、「いつ引っ越すんですか?」と訊くと、
 「ああ9月半ばくらいかな。でもまた2年したら戻ってくると思う。第四マンションは孫にやる。高校の教師していて来年くらいに結婚するんだ。」
 「はあお孫さんに」少しづつおじさんとの距離を広げながら言うと、
 「わしはナントカの会長しとるもんで。まあ金は入ってくる。税金なんか年に八百万払うし、この年ならほんとは病院も一割負担だけどわしは・・・」
 会長の話は、私の広げる距離にお構いなく、また孫の話に戻ったりしてしばらく続いた。

 けれども最後には私の腰が悪いという話になり、一万五千歩も歩けるなんていいなあと言うと、
 「気を付けなさいよ」
 と会長は言って、自分のゆく方向に体を向けながら、手を振ってくれた。


 
 

 

夏祭りは


 夕方4時ごろから、ガヤガヤと人の声がするようになった。

 
 住んでいるアパートの目の前の公園で、夏祭りが開かれる。朝のうちにいくつかのテントや櫓が、近所の男性陣の手によって準備されていた。

 ベランダの洗濯物を取り込みながら目をやると、公園には子どもたちがいっぱい。とりわけ今日は、浴衣姿の女の子たちが遠目からでも華やかで目を引く。小学校高学年か中学生くらいの、わりと大きな女の子たちが、友達同士声を上げている。2,3人づつかたまっている彼女らの声は、上気しているのが伝わってくる。もう少し幼ければ、浴衣を着た自分自身に対する気持ちでいっぱいになるが、彼女等は、自分の浴衣姿を見てくれる他人、友人、とりわけ男の子、気持ちが外に外に向かっている。


 浴衣の思い出は、小学校低学年のとき。
 白い地の絞り生地に、赤い金魚や青い金魚鉢、緑の水草などが染められた浴衣を、夏祭りには着た。
 ふわふわした帯は、蛍光がかったピンクや黄色の混じった色で、それを結ぶと、金魚の尾ひれのようだった。赤い鼻緒の赤い下駄を履く。
 当時は、ちゃんと女の子らしく、女の子が好きそうなものが自分も好きだった。

 夏祭りは通っていた小学校の校庭で行われた。櫓の周りにできた知らない大人たちの輪に入り、友達のゆみちゃんから絶対に離れないように気をつけながら盆踊りを踊った。盆踊りを踊るのは、それほど楽しいとは思わなかったが、夜がよかった。提灯に照らされた櫓の上で踊る踊り手のおばさんたちは、白地に紫の花柄の着物をきて、赤い紐でたすき掛けなどしていた。張った腰周りなど思い出すと、かっこよかったと今思う。

 
 老若男女、どんどん公園に集まっていたが、盆踊りは暗くなってから始まった。
 東京音頭が最初にかかったと思う。
 その後は、AKBのと、おどるポンポコリンが聞こえた。今でも着物姿の踊り手さんは櫓に乗っているのだろうか。確かめはしなかった。
 踊りの曲は、ひっきりなしではなく、途中休憩時間があるようだった。テントでは、焼きそばやかき氷や缶ジュースが、飛ぶように売れただろう。
 そして、私がもう夢の中に入ってしまった間に、祭りは終了したようだ。夜中にトイレに起きた時には、誰の声も聞こえなかった。

 朝散歩に出ると、公園の入り口には、大きな袋に詰められたゴミの山ができていた。




 

川端康成文学賞

 
 川端康成文学賞の第1回~13回まで載っているのを読んでいる。

 川端康成文学賞は、優れた短編に贈られるものだと初めて知りました。
 短編なので、調子よく読めます。しかも当然、プロ達の作品の中から、確かな眼を持つプロ中のプロによって選ばれた作品であるので、自分にあまり興味のない題材でも読んでしまう。言葉の使い方も話の持って行き方も、なんでこんなふうに書けるのか。
 また、選考委員の選評が載っていて、それもけっこう楽しめます。
 一つ残念は、ハードカバーで本が重いこと。基本、寝ながら読む自分にはちょっと大変。

 13回の内(二人同時受賞の時もある)、女性は7人入っている。
 その一人も私は読んだことがありませんでした。

  佐多稲子 富岡多恵子 和田芳恵 竹西寛子 津島佑子 林京子 高橋たか子

 名前すら、竹西寛子くらいしかピンと来ず、富岡多恵子という名はなんとなく聞いたことあるような・・というもの。まだ半分しか読んでいませんが、富岡多恵子の「立ち切れ」という引退した年寄りの元落語家の話がわりと良かったです。元落語家が、現役時代から向上心など全く持たなかったというのが良かった。

 ところでこの7つの名前の中では、竹西寛子が一番作家っぽいと思います。
 佐多稲子と津島佑子は知らなかったら昔の女優?と思ってしまったかも。
 高橋たか子なんてのは、今どきなら違う名前にしてしまうかもしれない。山崎ナオコーラみたいに。あの人は確かコーラが好きだったからそうしたのだったか。高橋タカコンブあたりはどうか。コーラに似てるがタカコブラならシャープさが加わる。

 そういう無駄以下なことばかり考えてて、わたしは川端康成自身の作品、そういえばちゃんと読んだことが無いと思い当ります。
 ミステリー、漫画の次は純文学?


 外からなにやら”音頭”の歌い声が流れてきました。
 盆踊り・夏祭りらしい。
 おじさま方が公園で、朝から張り切っています。

 
 川端康成文学賞 全作品Ⅰ

イチジク 蝉

 散歩コースに、一本イチジクの木がある。

 誰の土地だかわからないような斜面の草っぱらに、もうけっこうな大きさである。
 緑色の実がいつくらいから目につくようになったか忘れてしまったが、ある日、あのまったりと濃い香りが微かに鼻に来たので気が付いた。

 イチジクは好きな果物だ。
 好きな果物を3つ挙げろと言われたら、イチジクは入れる。あと二つは非常に迷うが、桃とりんご辺りだろうか。
 イチジクが好きになったのは、けっこう大きくなってからだと思う。小さい頃はあまり食べた記憶もない。
 あの香りと甘さ、見た目も含めて、あれは女性好みの果物に思える。
 熟れたイチジクは、皮を丁寧に剥いてそのまま食べる他、ヨーグルトに入れる。他にもバナナとかキウイとか、ヨーグルトと合うと言われる果物は色々あるが、私はイチジクが一番合うと思っている。この組み合わせが、もっとも相乗効果というものを発揮すると感じている。
 イチジクはジャムにしても美味しい。ジャムにすると、なんとなく異国っぽい風味を思う。

 まだイチジクの実は固い緑だが、これから膨らんで、どんどん香りが強くなり、色づいていく。
 あの木が誰の物でもなければいいのに。そしたら、斜面を登って採っちゃうのだ。 


 イチジクの近くには、ミントがバーッと生えている。
 そちらはもう勝手に失敬して、三つ四つ、毎朝摘んでくる。それを夕食時の飲み物に入れるのだ。

  JIN glass

 これは炭酸水、氷にジンが入っています。ほぼ毎夕飲んでいるそれへ、朝のミントを少しもんで入れる。
 ほんとうは、レモンやライムを使えばお店で出すようなものができるのだが、ライムなんかは高いし、自分だけならミントでいいやということに落ち着いた。
 ジンを入れない時もミントは入れる。見た目が涼しげになる。ジン入りならいっそう、一人の夕食にも気がのる。


 セミ ①
 少し酔いながら、外でバタバタいうので目をやると、油蝉がベランダの隙間から入り込んでしまい、けれどもそのそれ程狭くはない隙間からうまく出られない様子でもがいている。
 捕まえて出してやるかと思ったが、しばらく眺めていると、ジタバタするのを止めて、足をもぞもぞ動かしながら、コンクリートの絶壁をゆっくりゆっくり登り始めた。「お、がんばるか」と、そのまま彼の体力と意思に任せることにした。もし途中で力尽きてへたったら、その時手を貸してやろう。

 だんだん薄まってくるジンを飲み、また飽きもせず寅さんを観、夕食を食べ・・・

  セミ ②

 いつの間にか油蝉は登頂に成功していた。体力をかなり消耗したのかどうか、じっとして休んでいるようだった。

 少し目を離したあいだに、油蝉は消えていた。


ゴーヤ

 「一人じゃあとても食べ切れん」と言って、母からゴーヤが送られてきた。

 クール便でないからと、新聞を何枚も使って包んであったのを開けると、大小様々なゴーヤが12本。

 5本まとめて包んであった新聞には、「これは1週間くらい前に取って冷蔵庫に入っていたものです」と書いてある。
 そうでないものも、先っぽが柔らかくなってしまっているものもあった。
 とにかく全部手を入れてしまおう。

 
 すべてのゴーヤの種を取り出し切りながらながら、3本はまずザルに広げて干す。
 でかい3本は茹でる。
 しっかりしている2本は、ラップに包んで冷蔵庫へ。
 柔くなっていた2本は、ネギ生姜ごまと味噌炒め。
 残りの2本は冷凍庫。

 ゆっくり作業をすすめて2時間かかった。終えて寝転び休む。

 茹でたゴーヤ3本は、二日でなくなった。お浸しやサラダ、ししゃもの南蛮漬けにも入れてみた。
 冷蔵庫の野菜室の2本は、ゴーヤチャンプルと焼きそばに使われた。
 「一日2本,三日で6本」のゴーヤを一人で摂取した。

 わたしはゴーヤが好きだ。特に苦い方がよい。
 こんなに食べられて、とてもありがたい。
 ただ、一点だけ、ちょっとやだなーといつも思うことがある。
 それは、ゴーヤを縦半分にして種を除いてからスライスしたとき。その形が、庭木につくイラガという虫に似ていること。
 色がどちらも緑で、ゴーヤのイボイボが、あのイラガのイボイボに見えてしまう。ああ気持ち悪い。

ゴーヤ



 2時間の作業で疲れたか、腰の具合が悪くなる。
 イヤハヤ、むかしは朝2時半から夜8時過ぎまで立ち仕事していたこの私が・・・。むかしの丈夫な自分より、今こうなっていることが信じられない気持ちだ。


 カラッカラになった干しゴーヤはお茶にするとダイエットに効果ありだそうだ。その場合は中の種や綿もあったほうがいいらしいが。要ダイエットの母に手紙を書いて教えてやろう。



 
 
 

 
 

疲れた

 久しぶりに夢を見ました。二つ。

 一つ目は自分が先生で、4人の子ども(男女)が野球の試合の決勝に行くのに引率するという設定。
 自分が車を持っていないので、誰か他の先生に乗せて行ってもらわないといけない。
 近くにいた男の先生にお願いすると、気前よく乗せてくれました。子どももそうですが、この先生も実際昔一緒の学校にいた人です。
 本物よりかなり明るい雰囲気になっていました。
 その先生は会場に向かって車を走らせてくれましたが、途中で停車したと思うと、「試合までまだ時間あるからまだ行かなくていいよ。一回戻ろう」と言って、来た道を引き返してしまいました。
 もとの場所(たぶん学校)に戻ると、もう今すぐに出発しないと試合に間に合わない!という時間になっている。そしてさっきの男先生は消えてしまっている。どうしよう!
 私と子どもたちは長ーい階段を四段飛ばしくらいに駆け飛んで、誰か車に乗せてくれる人を探し始めた。
 私は一つドアを見つけて開けると、そこは事務所のような所で、事務机が4列5列とダーッと室内中に並んでおり、事務員らしき男女がなにやら忙しそうにして机に向かっていた。私が「誰か車に乗せてください」と叫ぶと、白いカッターシャツの背中に汗を滲ませたまだ若そうな男が立ち上がり、眼鏡の奥の目を吊り上げながら、「うるさい!!そんなヒマな人間はここにはいない!!」と叫び返した。
 ああどうしよう!といったところで、目が覚めました。

 二つ目の夢は、最初からほとんどの部分をもう忘れてしまったのですが、最後はこうでした。
 自分の首に着けていた黒い球のようなネックレスが、いきなり牛の顔になり大きさも牛の顔ほどになって色は真っ黒のままなのですが、それがクワガタのようにその角で、私に襲ってきた。周りには確か高校時代の友人たちがいましたが、誰も私の状況に気づいていません。首にかかった牛に噛み食われる!「助けてー!!」と叫んだところで、目覚めました。
 この時は、目が覚めたところで、「疲れたあ」と声が出ました。


 昨日は夕立があって寝入りも快調だったのですが、このような夢のおかげで、何回か起きてしまいました。
 何もしてないのでなんの支障もありませんが、疲れる夢はあまり精神によくない気がします。
 もしかしたら、ストレスが無いから無意識自主的に、こういう夢を見たのかもしれません。




 

歯医者で

 
 先日半年に一度の定期検診に歯医者に行きました。


 その歯科医院の院長は、すごくよく喋るというか一生懸命話す男性です。
 その歯科に行き始めたころ、院長が大きな声で一生懸命喋るのは、相手の患者が年寄りで耳が遠いのに気を遣ってからかと思っていましたが、数年通って、そうでもないことがわかりました。
 この日は医院が休み明けで、まだ早い時刻だったからか、いつもに増してトークに勢いがありました。

 院長の声を三つ離れた椅子から聞きながら、歯のメインテナンスを受けました。
 いつもの担当衛生士Mさんが産休ということで、代役のAさんが。
 Mさんは悪くはないのですが、歯垢を削るときに歯茎にも機械が当たって痛いのが気になっていました。歯の根元までしっかり綺麗にしようとしてくれているのはありがたいのですが、けっこう出血もしたりする。
 で、本日のAさんは、なんというか機械の使い方が軽いというかやさしいというのか、削るというより触れられている感じでした。血もほとんど出なかった。歯の表面を磨くときは、メンソールのすっきりする薬をこまめに機械に付けながら磨いてくれました。
 Aさん、いいなと思いました。
 今後もAさんに担当して頂けないか、産休明け復帰されるMさんに不愉快な思いをさせずにそうすることはできるかと、磨かれながら私は考えました。
 しかし、最終仕上げのフロスでは、Aさんは残念でした。私の歯間はまだ狭いので、糸が縦にするっと抜けない時があります。その時片方の手を糸から話して歯の間を横に抜いていくわけですが、そのやり方が雑。歯垢が付いた部分の糸が自分の顔にちょっと触れるのは、まったく気持ちの良いものではありません。

 Mさんの「痛い」 VS Aさんの「気持ち悪い」+Mさんの心情を考えつつ交代を申し出る
 考えるところです。

 歯の掃除を一通りしていただき、お口の状況の説明を受けます。
 マスクを取ったAさんは、あどけない感じも残る若い衛生士さんでした。
 私はちょっと質問を向けました。「朝口の中が気持ち悪いのの対処法」と「百均のフロスは薬局のと同じか」
 立ち上がったAさんは、座っている私の近くに寄って答えてくれたのですが、その距離が近すぎて、私はのけぞるようにして聞くことになりました。
 Aさんの対人距離は非常に近い。あれはどういうものなのか。
 動物としての本能が弱いのだろうか。

 「寝る前に口の中をきれいにして、水を飲むなど水分をとるといいと思います」 
 「使ってみてよければ百均のでもいいと思います。百均のフロスはワックスがついてないのと耐久性もどうかわかりませんが」
 丁寧に説明してくれるAさんに、のけぞりながら相槌をうちつつ、歯のメインテナンスは終わりました。


 私はこの歯医者さんを気に入っています。


 
 
 

プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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