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街に出る

 どうしても行かなければならない用事ができて、栄まで行ってきました。


 繁華街に出るのは、1年ぶりくらいだろうか。

 日曜日。
 休日だからか、午前9時前の地下鉄は程よい混み具合。栄の街に着いても、人出はそんなに多くはなく、天気が悪いこともあり、沈んだようにも見える景色だった。

 用事は30分で終わってしまい、自由時間がたっぷりできた。ドニチエコきっぷという強い見方もいるので何処でも行けるのだが、イカンセン、腰痛があるので、テキトウに歩きお昼ご飯を食べて帰ることにした。

 目の前にあった三越にとりあえず入ってウロウロする。
 服や雑貨や家具やなんやらかんやら、綺麗にオシャレに溢れるほどあるが、私には欲しいものは何もなかった。

 デパートの中や外を歩いているうちに、いつの間にか沢山の人間がそこらじゅうにいて、いつの間にか飲食店の前はどこにも行列ができていた。行列のないところが無いようなのに驚いた。
 どこで食べるか歩きながら迷い、腰がそのうち限界になり、一つ名前を聞いたことがあるラシックの中の牧場バイキングのなんとかいう店に決めた。受付に行くと1時間から1時間半待ちと言われたが、他を見て歩くのももう気が無かったし、牧場直営で素材もまあいいだろう野菜がたくさん食べられそう。で、決めた。

 店の前の椅子に座って伸びをしたり少し歩いたりしていると、順番が来た。
 バイキングというのには一人客はまずそんなにいないだろうと思いつつ入ったが、その時は、私の他に3人いた。いずれも私より若干年上年上とみられる女性客だった。一人客は窓に向かって座るカウンター席に導かれるようだ。窓外の風景は目の前のビルと下を覗けば道を歩く小さな人間たちの姿。(ここは7階)そんなものでも外が見られるのはいいものだが、時間制限のある食べ放題だと、ゆったり寛いで眺めるという時間は俄然少なくなる。私はそういう種類なのだ。


 さて、決して広い場所を取っていないスペースにうまいこと、賑やかに並べられた料理と飲み物の数々。品目はちゃんと満足できるようにあった。店員のおねえさん達は、普通~感じよいの接客。美味しいと思った料理は人気№1とかいうおからのサラダ、サラダにかけてくれた粉チーズ、自分で淹れるお茶、プラムのアイス。残念だったことの一つは、”芋煮フェア”とか言って、芋の使用頻度が高かったことだ。ジャガイモもサツマイモもそれ自体はまったく嫌いではないが、こういう所に芋が多いと、「芋で腹をふくらませようとしているな」と、つい思ってしまう。それから煮物類がやっぱり味が濃かったこと。これは自分の味覚が平均と違うからかもしれないので仕方がない。
 そんなふうに色々言いながらも、この時自分に出せうる限りの食欲を見せて、90分の戦いを終えた。
 そしてわかったことは、周りで食べていた人々と比較しても自分はそれ程大きな胃袋は持ち合わせていないようだということ。美味しいという評判がある店でも、食べ放題の味にはあまり期待してはいけない。ということから、もう食べ放題はやめにしよう。


 この一日でなかなか良かったと思えたのは、地下鉄に乗ったことかもしれない。
 向かい側に座る人や立っている人たちを見るのには、面白さもあった。
 30代後半かと思われるカップルの女性の方が、まずまず綺麗な顔立ちをしているのだが、喋る時に眉毛がグンと上がる癖があって、その時におでこに大変に深い皺が三本くらいググっと刻まれる。隣に座るこちらもすっきりした顔の男性は、その皺を見ていてイヤにならないだろうか、と考える。
 ラクロスのラケットと思われるものを担いだ女子学生風の娘の、むちゃくちゃ太くて張っているふくらはぎの感じ。立ちあがったら尻もバンと張っていて、私には魅力的だった。
 隣同士に座る無関係のおじさん二人が、財布の落とし物を同時に見つけて、どうしましょうかねえなどと言って少し微笑みながら話す様子。
 地下鉄の中は、オシャレとはきっと言われない人々もいて、というか大方がそんな感じで、私は気楽に楽しめる。
 寿命という時間制限があると考えた時、繁華街で過ごす時間は極力少なくていいと思うが、あのドニチエコきっぷを使い、地下鉄を乗りめぐるというのは、たまにやってみてもいい遊びだと思った。


 地下鉄から乗り継いだバスから見えた黒っぽい雲は、広く波打つように広がり、下方から夕陽の赤を受けていた。
 「戦国時代」  食べる戦いを終えてきた私は、その雲に名付けた。
 



 


 
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頭のたいそう さんぽはいく編



  秋うらら  向かい合う亀  甲羅干し


  金木犀の香り  深呼吸すると  犬の糞 


  向かってくるジョガーのスマイル  爽やかすぎて  どうしよう




 あー 今日も気持ちよい日だ。





  

今川に太鼓に大判そして


 深沢七郎対談集 『生まれることは屁と同じ』読了。


 『楢山節考』で有名な深沢氏は、自分が好きだからという理由で、今川焼の店を営業されていたようだ。好きだから本当においしい今川焼を作りたい。そういうことだったらしい。


 私は愛知県豊橋市出身であるが、今川焼ではなく大判焼きと言う。
 対談で話されていた所によると、今川焼の名の由来は、今川焼の模様の巴型は今川義元の紋どころから来ているそうだ。それから、太鼓焼と呼ぶ所もあり、太鼓焼には模様がないらしい。


 豊橋の実家の近くには市電通が走っており、その線路沿いにみたらし団子と三色団子と大判焼きを売る店があった。団子は通年で大判焼きは寒い時期のみの商品だった。
 店に名前はなかったと思う。看板はなく、紺地の暖簾には「みたらし 大判焼き」の文字が白く抜かれてあっただけだった。戸も普通の家のようなガラスのはまった引き戸だった。間口が狭く奥に細長かったが、その奥行きもそうあるわけではなく、ほんとに小さな店だった。入って右手に店の主人がいる厨房とでき上がったものを並べるカウンターのような所があり、左手は出来上がりを待つ客ように丸椅子が何客かあったと思う。テーブルはあったかどうか、とにかく狭い、狭くて昼でも暗い店だった。
 その店の主人は子どもの私には幾つ位なのか見当が付かなかったが、中年ではあった。無口だが、こわいような感じはしなかった。主人に向かっておじさんと声をかけることなどなかったが、団子屋のおじさんと呼んでいた。おじさんの作るみたらし団子は程よい大きさの団子が5つついて一本50円で、焼き目がとても香ばしく、団子にしっかりと弾力があり、醤油ダレが甘過ぎず美味しかった。パックに10本詰められたそのみたらし団子が、我が家の食卓の上に置かれている映像が私の記憶の中にしっかりとある。倹約家の祖母も好きで、よく買いに行ったのだと思う。
 おじさんが冬に作る大判焼きには模様があったかどうか忘れてしまった。あんこがずっしりと嬉しい重みのある大判焼きは一つ70円。大判焼きの方は、中学生になってから友達と買いに行くようになった。一人一つづつ買って、受け取った白い小さな紙袋に入ったアツアツの大判焼きを寒風の中でほおばると、あんこの覗いた大判焼きの穴と、自分の口からふわあと白い湯気が出た。あんこは寒さに余計に似合う。
 「団子屋のおじさんは昔やくざだった」私がだいぶ大きくなってから、大学生くらいだったか、母から聞いた。ふーんと答えた。大学生になっても時々私は団子や大判焼きを買いに行った。おじさんは私が幼いころにもうおじさんだったのだから、年をしっかり取っていただろうが、店が暗くてよく見えないからかおじさんの体質がそうなのか、あまり外見に変化がなかったように思う。団子や大判焼きの値段も変わらなかった。もちろん美味しいのも変わりなかった。


 実家を出て何年か経ち帰省したときにふと店の前を通ると、だんご屋がなくなっていた。母に問うと「おじさんは亡くなったよ」と言った。おじさんに奥さんや子どもがいたのかは母も知らなかった。
 誰かにもらったり自分で買ったり、みたらし団子も大判焼きも食べることがあるが、あの名のわからないだんご屋のおじさんが作るのより美味しいと思うものに、私はまだ出会っていない。



 友人のひとりは、大判焼きのことをなぜか「東海道」と言う。
 それを聞くと、その呼び名は全然違っている!となぜか激しく私は思ってしまうのだが、一体大判焼きを東海道と呼ぶのは、どこかの地方で通っていることなのだろうか。



とうとう


 
 10月6日、午後5時25分。

 とうとう、カメゾウを踏みつぶしました。


カメゾウ


 カメムシの季節でもあります。


 一昨日は、ベランダに干した布団に息を殺して引っ付いていた模様。
 そやつの姿が今から寝るよという時に目に入った。

 ここらのカメムシは、図体がでかい。

 昨年の夏に行った群馬の期間労働の地は毎日何匹か出没するカメムシは敵視され、「あ、またカメコがいた!」と叫ばれながら殺処分を受けていたのだが、そいつらは緑っぽい体色で大きくても親指の爪位の大きさだった。
 に比べて、家に勝手に入り込んでくるカメムシは、黒っぽい色をしており、群馬カメコの倍は大きいのだ。カメコなどと可愛らしく言っている場合ではない。カメゾウだ。


 カメムシを発見したとき欲しくなるのは虫取り網だ。けれどもそんな物はもちろんないので、ビニル袋を取り出す。
 袋を手に被せて、サア捕まえるよとカメゾウのいた所へ戻ると、やつはそこにもういないのだ。ほんの10秒ほどの間にどこかへ移動した模様。カメゾウはその姿から動きが鈍いようにも見えるが、油断してはいけないのだ。
 置いてある荷物や布団や机やらを動かしひっくり返ししてみてもカメゾウの姿はない。外に出てくれたのならいいが、部屋の窓は締まっているし、あの臭いがしっかりと漂っている。
 カメゾウがいると思いながら一晩過ごすのはイヤなものだ。やつは温かい所が好きだから、私が寝ている布団の中に飼い猫面してそっと入ってくるかもしれない。いやだいやだ。
 あーとため息つきながら上を向いたら、天井にカメゾウがへばりついていた。天井が白くてよかった。黒かったらカメゾウと一夜を共にせねばならなかった。
 箒を持ってきてパサッと払うと床に落ちた。カメゾウのいい所は、そこからゴキブリのようにササーッと逃げたりしないことだ。とりあえず様子を見るかのようにじっとしている。そこで私は先ほどのビニル袋を今度は逃げられないようにやつの存在を確かめつつ素早く手にはめ、うまいことその中にとらまえた。薄いビニルを通してカメゾウのごわごわした体が感じられてムズムズするような気分になる。
 ベランダに出て、夜の暗闇の中でバサバサ、バサバサと袋を振ったが、ビニルにひっついたカメゾウはどうしたって居心地悪いであろう揺れる袋からなかなか出てこず、手こずった。


 昨日はカーテンの裏に引っ付いていたのを、夕食後に見つけた。昨夜のカメゾウかどうかわからないが、黒くてでかいその名はカメゾウだった。今度はすぐに窓を開けて、カーテンをばんばんゆすぶったらけっこうあっさり、ぽとりと落ちた。ベランダのコンクリートの上でそのままじっと動かなかったが、ほんの少しで見飽きた私は窓を閉め、カメゾウのことは瞬時に忘れて映画鑑賞に移った。


 秋はカメゾウの季節です。


秋祭りだ


 太鼓と笛とわっしょいの掛け声が聞こえた。


 イマドキの、田んぼも畑もないこんな街中でも、秋祭りは催されるのだ。自分が子どもの頃だって田畑の見えないところで祭りをやったのだったが、神社に立ったのぼりの「豊穣」の文字を見て、ああ秋祭りはそういうものだったのだと今更思う。

 掛け声のする方を見ると、頭に鉢巻を巻き同じ絵柄の付いた蛍光色の黄色っぽいはっぴを来ている子どもらの姿がぱらぱらと見えた。そのはっぴは膝くらいまでの丈長だった。あのグループで派手な踊りを競い合うよさこい踊りの流れなのだろうか。
 なんか違うと思った自分はもちろん昔のひとだ。
 祭りに着るはっぴは、青地で。背中に『祭』の文字が白く抜いてあり、丈は腰の下あたり、それを茶色い帯できゅっと締めてほしい。幼い女児が青でなくピンク地のはっぴを着せてもらって喜んでいるのは許しましょう。そして頭に巻く鉢巻は青い水玉柄で真ん中にやっぱり”祭”の文字がこれは赤く書いてあるもの、けっして結んだ時に鉢巻の端が背中まで垂れるなんてことのないもの。


 しかし黄色いはっぴの子どもは10人いるかいないか。だからお神輿もかつがなくて引っ張っている。疲れなくていいだろうが、なんだかゆるゆるしていてさみしげにも見えた。
 お神輿を肩に担いで神社まで行った時代のひとである私の、神輿担ぎにまつわる一番の思い出は、いっしょに担いでいた年上のお姉さんが犬のうんこを踏んだということである。
 私の前に位置していた4つほど年上のお姉さんは、子ども達の中でも賢い女の子ということで通っていた人だった。髪の毛は茶色っぽくサラサラのおかっぱだった。その時お姉さんは白いズックを履いていた。紐や絵など何もついていないぺしゃんとしたズックだった。神社でお参りを済ませて自分たちの町の公園にもどる帰り道、お姉さんの白いズックは道端の大きくまだやわらかかったウンコを思いっきり踏んづけた。それをばっちり目撃した私は、ああっ!と思ったが、お姉さんは気付かなかったのか、神輿担ぎに集中していてわかってもそれどころではなかったのか、それとも知らぬふりをすることによって誰にも気づかれなかったことにしようと思ったのか、そのまま最後まで同じように担ぎとおした。
 その頃の私はたいへんな引っ込み思案で、たとえ同じ町の子どもでも年上相手には喋れなかったのだが、その茶色いサラサラ髪のお姉さんは、「ウンコをふんづけた人」ということで、その後私は少し気を許して喋ることができるようになったのだった。彼女の名前はもう覚えていない。実際顔もどんなだったか忘れてしまったのだが、そのウンコ踏んだということがもっとも強烈な一場面として残ったのだった。





秋か

 あ。と思った。
 イチョウが透明感のある薄い黄色になってきていた。
 名のわからない細長い葉は赤色が所々。
 桜の葉も、これから色む自分にうずうずしているにちがいない。


 ゆうべの食卓には湯豆腐が登場。
 生姜たっぷり醤油はちょっぴり。
 それから小豆かぼちゃ。
 小豆を炊く、南瓜を煮ることは夏でもやるけれど、二つがコンビになった小豆かぼちゃは暑い時期には作らないものだ。
 調味料は塩だけ。ほんの少し入れる昆布からの塩分と。
 小豆が柔らかくなるのに時間はかかるが、ただ火にかけているだけで、素朴に美味しいおかずができる。甘味もあるからおやつにもなる。
 このほこほこ感は、男性にはあまり受けないだろうか。

 チャップリンの『犬の生活』を観ながらの夕食。寅さんは毎日観過ぎたためかテープがおかしくなってしまった。
 チャップリンの動きは見事だ。
 そしてチャップリンと黒柳徹子の眼が似ていると思った。化粧をした二人の眼と言った方がいいか。
 

 基本は米食で、おかずも色々食べたいので、具材が入る炊き込みご飯はあまり作らない。けれども秋は「炊き込みご飯作ろうかなあ」という気分を起こさせる。
 まだ秋刀魚が美味しいし、焼き秋刀魚ご飯を作ろうと考えている。
 沢山買ってしまったシソをたっぷりのせるつもり。


プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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