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まぎらわしてくれて


 今まで、履歴書などの趣味の欄には大概”読書”と書いてきたのだが、今松本清張を初めて読んでいるのにややおどろく。


 もともと推理小説にあまり興味がないということもあるだろうが、なんで今まで読まずにきたのか。あの本やこの本を読まずに清張をなんで読まなかったのか、と思う。

 清張についての知識が全くというほど無い私でも知っていたタイトルの「点と線」を読んだ。
 落ち着いた文章でリズムも良く、あっという間に読んでしまった感じだ。
 容疑者のアリバイを崩していくところは、刑事が列車にばかり気を取られて飛行機という考えがなかなか浮かばなかったことや、身代わりの線を考え付かなかったことなど、時代背景を考えてももうちょっと早めに考えつきそうなものをと思った。脳みそさびてる自分にもなんとなく考えつくのだから。そう思って最後まで読んだら、有栖川有栖がそのようなことを解説に書いていた。それでもこの作品の優れている部分があるし、また日を置いてから読み返すとまた違った感じ方、見方ができると。
 これを覚えていたら、私も何年後かに読んでみたい。

 そしてまた違う本を借りに図書館に行ったら、二人組のおばあ様方が、「抱腹絶倒って書いてあるよ!」と大きな声で言いながら、室井しげるの本を棚から引き出して行った。笑いを楽しいことを求めている。

 わたしもです。
 笑いではないが松本清張の本は面白く、寝ながら久しぶりに聴いた井上陽水の歌もよく(ジェラシーが今日はよかった)、小さんのや寅さんでは本当にクスリと笑わせてもらえる。
 「あの人に会いたい 2」に入っていた池田満寿夫が良かった。この人のことも殆ど知らないが、魅力的だ。不器用で他に何もできないから絵描きになれたと言っていた。この世に自分の生きた証を残したいと言っていた。中学生相手に汗をたらたら流しながら気を抜かず丁寧な言葉で喋っていた。


 思っていたより復活が先になりそうなので、時に気持ちがダウン気味になるのだが、私ぐらいの不調には、まぎらわしてくれることが色々ある。ありがたい。ここのところ部屋にも入ってくるキンモクセイの香りも。





 
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今日もバカ


 お昼。オカラの炊いたのが少し残っていたので、片栗粉を混ぜてだんごお焼きにしました。


 分量はもうテキトウ。三つできたおやきは大きさもバラバラ、テキトウに丸めて、テキトウに油をひいて温めて、テキトウに焼きました。

 使っているフライ返しはステンレス製のものです。
 ひっくり返した時に、おやきのカスがフライ返しにくっつきました。
 お焼きはもう片面火を通す必要があり、フライパンの空いた所にフライ返しの頭を乗せて私は待ちました。
 
 焼き上がりました。
 お皿に取り上げました。その時、フライ返しの頭にくっついたおやきのカスが目に入りました。私は無意識にそれを口へ運びました。
 ジュッ!と言いました。私のくちびるが言いました。私のくちびるが焼けました。

 私のくちびるに小さな水ぶくれができました。
 くちびるの水ぶくれは、すこし青く見えました。




 

ねりもの

 今日はおからを炊こうと決めていた。


 買い物から帰ってきて買い物袋の中身を出すと、ごぼう天が出てきた。おから用におあげを買おうと思っていたのだが、どうやら自分はいつの間にか、ごぼう天の気分になったらしい。


 日ごろ練り物を買うことは滅多にない。嫌いなわけではないが、動物性蛋白質を摂るなら生の肉や魚を買った方がいいと思うから。
 
 しかし今日ごぼう天を買った私の理由は、手間がかからず味が出るということと、余ってもすぐ傷んだりしないということ、小腹が空いたときにちょっとあぶって齧ってもいいなと思いついたから。練り物買ったの、いつぶりだろう、三カ月は買っていないと思う。


 わたしの生まれ育った豊橋市の名産は、習字に使う筆と、ヤマサのちくわ。
 それでかどうか、家の経済状態からか子どもの頃の食卓にちくわの登場する回数はけっこう多かったような気がする。他の家庭の様子を知らないから何とも言えないが、今の私からすれば多かった。登場するのは主に斜めに輪切りされたちくわを甘辛く照り焼き状にしたものだった。それを私は好きでも嫌いでもなかった。ただ、時間が経って縮んで固くなってきたのはイヤだなと思いながら口に入れていた覚えがある。
 
 その次に思い浮かんでくる練り物といえば、学生時代に部活の合宿の時作ったおでんだろうか。
 2年生の時にわたしは合宿の宴会ご飯のまとめ役みたいなものになった。それはお金のやりくりもしなければならず、少し冷えた時期の宴会に定番のメニューであったおでんには、価格の安い練り物をとにかく沢山仕入れるのだった。「ねりせいひん、ねりせいひん」と言いながら仲間とスーパーのカートを押しながら笑っていた。そのたっぷり入ったおでんの練り製品を食べている記憶は全くない。

 お酒のあてに、ちょっとした練り物はいいかもしれない。
 私は1人呑みだから、できればあまり添加物の入っていないちょっと上等の練り物を、まあちくわならそのままで、揚げ半みたいなものなら少しばかりあぶっておろし生姜など添えてつまむのはいいかもしれない。誰か気の置けない人が一緒ににいれば、お手頃価格の練り物でも、会話や笑いが美味しくさせてくれることだろう。

 そういえば、読み物の中に時々出てくる「板わさ」なるもの。たいてい蕎麦屋で出てくるのだが、あれは蒲鉾なのだと知った時、なぜそんなつまらないものを注文するのだと信じられないような気がした。しかし質のいい美味い蒲鉾、それは本当にわずかに灰色がかった白だろうのを、静に、旨い酒と一緒にというのは、大人の楽しみかもしれない。


 ちくわでもう一つ思い出した。
 子どもの頃家で食べた焼きそばには必ずちくわが入っていたということ。豚肉は入っていたのだったか。ちょっとは入っていたような気がするが思い出せない。何しろ倹約のヒトであった祖母が作る焼きそばだったからな。肉が無くてちくわだけだったら、なかなか私も昔の人である。我が母が、「子どもの頃ちくわが大ご馳走だった」とよく話していたが、それに結構近いんではないか。

 なんとなくちくわ入りの焼きそばが食べたくなってきた。





 
 

第1号


 本日、キンモクセイ香り第1号を確認いたしました。


 朝の散歩中、「あ」と思って顔を上げると、そこに生えていた金木犀の木は、濃い緑の葉をぎっしりと茂らせていましたが、オレンジの花の姿は見えませんでした。けれども、ひんやりした空気の中に漂うこの香りは夢にあらず。


 アベリアの花がまだ香りを放っていますが、百日紅が終わりに近づき、彼岸花やススキの穂が目に入るようになり、キンモクセイはいつ頃からだろうと思っていたのです。いよいよです。


 散歩の帰りに道端に生えていた花ニラを2ついただいてきました。ほんとは派手に艶めかしく赤く大きく咲いてた芙蓉の花を頂きたかったのですが、蜂が羽を震わせて蜜を吸っていたのと、やはり人の眼というのが気になって今日の所は手を出せませんでした。それで花ニラ。白く可愛らしく雄蕊が繊細です。花ニラが活きるように少し机の上を片付けなければ。


 スキンシップは健康に効果があるというのはよく知られたことですが、乾いた空気の中にまだ肌を出せるこの季節、吹いてくる風を素肌に感じるのもとてもいいのではないでしょうか。少なくとも人に会わない人間には間違いないと思います。






たこ焼き屋アイドル


 たこ焼き屋の前を通ると、ガラス窓の向こうに店員が二人並んで鉄板の中のたこ焼きをひっくり返していた。


 二人は女だった。
 左の人は20代後半から30代前半、眼鏡をかけた右は10代かもしれない。
 二人の背は同じくらいに低かった。
 二人の身体は、同じくらいに丸かった。同じようにしっかり詰まった感じに丸かった。

 20㎝ほど離れて立つ二人はたいへん手際よく、もくもくとたこ焼きをひっくり返していた。お客は一人もいなかった。

 二人の様子を横目で見ながらトイレに入った。

 用を済ませて出てくると、たこ焼き屋の二人はガラスの向こうにいなかった。
 二人はレジの所に並んで立ち、3人ほどのお客さんの相手をしていた。お客さんにも丁寧な感じが伝わってきたが、声までは聞こえなかった。
 二人はやっぱり同じように背が低く、同じように丸かった。


 いいものを見たと思った。
 計1分も見ていないだろうが、楽しませてもらった気分だ。

 当節、ご当地アイドルというのがいる。
 今日見たあの二人は、アイドルになれると思う。
 たこ焼き屋アイドル。
 二人の容姿はゆるキャラに通ずるものがあるから、ひょっとしてひょっとするとブレイクしてしまうのではないだろうか。
 
 とある芸能プロダクションの社長がたこ焼き屋のあるショッピングモールのイベントに来た。彼の会社は正直風前の灯といった経営状態で、今日も社長自らがカバの着ぐるみを着てイベントを盛り上げるという学生アルバイトのやるような仕事をするために来たのだった。
 午前の部を終え、着替えた社長は遅めの昼飯を買いにテナントの飲食店が立ち並ぶフードエリアにやってくる。還暦にあと数年という社長は疲れている。腹は空いているのに何を食べようか食べたいのか決まらない。無いものはないというほどに様々な食べ物が並んでいるのに、社長の眼には入ってこない。
 たこ焼き屋の前でふと足を止める社長。
 社長はたこ焼きが好きだ。けれども彼の足を止めたのは、ガラスの向こうでもくもくと細い金棒を両手に持って、たこ焼きをひっくり返し続けている二人の女性店員だった。二人とも背が低く、丸いたこ焼き屋の店員。

 他に客がいなかったので、社長はたこ焼きを買いがてら(二人が焼いていたので二箱買った)二人をスカウトする。
 社長の熱心さにほだされ、二人はバイト終了時に社長と話をし、たこ焼き屋は辞めないという条件で契約を結ぶ。
 二人はたこ焼き屋アイドルとしてデビュー。自分も背が低くて丸かった社長は、始め自分も仲間に入り3人グループで売り出そうとするが、年上のたこ焼き屋店員が「それではブレイクしない」と冷静に判断。無事、生粋のたこ焼き屋店員の二人グループとして世に出たのだった。
 そして・・・


 というようなことがないものかなあ。




買ってみた

 スーパーのお総菜コーナーで売っている揚げ物を買ってみた。


 嫌いではないが揚げ物にあまり興味が無い。必要が無ければ家で作ることはない。
 けれども身体に肉を付けると決めたら、揚げ物の姿が買い物に行ったときに目に入ってくるようになった。素通りするか近づかない感じだったのに、寄って立ち止まるようになった。こういうことが大事なのだきっと、太るうえでは。


 スーパーの揚げ物をかってことが無い私がまず買ってみたのは、アジフライ。
 アジフライは好きだと言える。お気に入りの回転ずし店へ行ったときは、十中八九注文する。で、買ってみた。
 昼に買って、夕食に食べた。加熱しすぎに気をつけて電子レンジにかけた。衣が厚い感じでしょっぱかった(ソースなど何も付けない状態で)けど、わりといい気分で食べられた。
 それでもう一回買った。同じように昼に買い夜食べた。同じようにチンした。衣の厚さが一度目より気になった。もう買わないなと思った。一度目にまずまずと思ったのは、ビールが入っていくぶん陽気になtっていたからかもしれない。


 バローというスーパーには、18円のコロッケというのがある。だいぶ前から知っていたが、小ぶりではあるが一個18円てどういうのだと思っていた。今回よく見てみると、18円コロッケが陳列されているスペースは広く、バット2枚分。売れているのだ。
 激安だからだろうが、これを次に買ってみた。四つ五つとビニル袋に詰めているおじさんにつられて買ってみた。一つだけ袋に入れた。
 ほんのり温かかったのが冷めたほどで食べてみた。
 コロッケは冷めたままでもいい。アジフライはやっぱりアツアツサクサクがいいけど、コロッケは冷めていてもいい。
 18円のコロッケには、トウモロコシが入っていた。齧ったところに黄色が見えた時、入ってる、と思って何秒か眺めた。
 出来合いの味ではあったしトウモロコシに甘味は感じなかったが、18円というところでなかなか楽しめた。これで18円なら買う人は老若男女いるわけだ。

 ここまで書いて、小市民という言葉が浮かんだ。


 明日、18円コロッケは買わずに、家にあるサツマイモでコロッケをつくろう。
 冷蔵庫に少し余っているヒジキとツナのサラダとクリームチーズを中に入れてみる。




 
 

三船・黒沢

 今度は黒沢明です。
 
 チャップリン、原節子、黒沢と、有名なのによく知らなかったあるいは見たことのなかった人や作品を見続けています。この先にもこれらを見ることはできるだろうが、身体が不自由になったからできてしまった暇な時間とはいえ、こういったものにまだ興味がある今、見ることができてよかったとも思います。


  ”世界の黒沢”を観たことがありませんでした。何故か。
 レンタルビデオ店に行くと黒沢の有名な作品はいつでも大概あって、今日はまあいいや、ということになってしまい今に至ったと分析します。


 ヴェネチア映画祭で最高賞を取り、これで世界の黒沢と言われるようになった「羅生門」と、ハリウッドでリメイクもされた「七人の侍」。間違いない、と言われる二つです。
 どちらも主演は三船敏郎ですが、わたしはこの三船もちゃんと見たことがありませんでした。”世界の三船”でもあるのでしたか。三船美佳がこの大俳優の娘だということ、その為に私の叔母は三船美佳を「ミカさん」とさん付けで呼んでしまう、そんなことしか情報としてなかったのです。

 まず「羅生門」を観ました。七人は前後編に分かれており長かったからです。
 これは小津の「麦秋」の1年前の作品。
 90分位でしたか、最初から最後までずっと面白い。芥川の原作から、このような面白い脚本を作り上げた黒沢と橋本忍という人に拍手と楽しませてくれてありがとうという感謝を贈ります。
 役者は8人だけで、皆よい。
 そして。三船敏郎はこういう役者だったのですね。
 ただ2枚目スターだと思っていたのですが、それだけでなく野性的で、大胆なそしてふざけたような演技もすごくはまっている。身体つきがいい。ほんとに画力があります。素性が知りたくなったので調べてみよう。自分自身に残念なのは、三船のすばらしい演技を観ながら、この人の娘は三船美佳でその夫(元になるのか?)高橋ジョージなのか、と非常に余分でくだらないことを2、3回思ってしまったことです。


 昨日「七人の侍 前編」を観ました。
 面白いです。ただ、農民の喋る言葉が所々聞き取れないのが残念。そこだけ字幕が欲しいです。それが英語の字幕でも、字幕なしより理解できると思います。
 一つ感心というか「へえ」と思いましたのは、志村喬です。
 あの寅さんの義理の弟・博のお父さんです。いい俳優だなとは思っていましたが、ヒロシのお父さんは、こんな世界で有名な作品にも出ていた、さらに、配役が出てくるところでは、三船と一緒に最初に名前が出てきました。
 お父さん、やるな。そしてこの時いくつかわからないけど、志村喬は走り方がなかなかかっこよかった。小柄でナマズみたいだけど、運動神経良かったのでは。

 前編DVDの最後に、「休憩」というでかい文字が現れました。思わず声に出して読んでしまった。5分くらいも出ていたでしょうか。映画館で上映された時、長いからお客さんに気を遣ってくれたのでしょうか。部屋観の私にもよかったです。
 なんとなく以前観た「るろうに剣心」が思い出されました。あれも着物着て刀振り回して戦う話だったからでしょうか。あの3作目の一番評判が大きかったやつはただ派手な所があるだけで、コドモダマシとも言えない。自分があの製作者だったら黒沢のを観ていられなくなるのでは恥ずかしくて、と思ったが、そういうこと言ってたら文化や芸術は発展しないのかな。


 今夜は休憩を終えての後編です。
 今日は暑いから冷たいアルコールをグビっと飲みながら観ましょう。ああ、しあわせ。




 

 

原節子が


 小津安二郎監督作、『麦秋』を観る。


 主演の原節子は、キネマ旬報の20世紀の名優ランキングで女優第1位になったらしい。
 
 今回その顔を初めてしっかり見たのだが、すごい顔だなと思う。
 この作品に出てくる他の俳優たちも、なかなか存在感があると思うが、この原節子の顔のインパクトは私にとっては最も強く記憶されることであった。
 そのあまりの美貌ゆえに演技がまずいと言われた原節子だそうだが、あのもったり大きな鼻やら、いや大きいのは目も口もであり、あれは男顔である。鏡で自分の顔を眺めていて疲れなかっただろうかと思う。私は共演の淡島千景の方が、口元が蓮っ葉な感じで愛嬌があって大きくないタレ目で好みだ。美人というなら、この作品で義姉役だったなんとかさんの方がそうではないか。おっとりやさしい感じ。自分が男なら淡島千景を選ぶかな。

 しかし顔というのは色々だ。
 原の母親役の人はコアラだ。知っている誰かに似ているなと考えていて、それは安美錦(力士)だと思ったのだが、もっと似ている誰かがいたはずと一晩考えて思いついたのは、以前コンビニのアルバイトをしていたときに時々来た小学生男子だった。
 杉村春子はキツネ。
 そういえば子どもの頃私は猫娘と言われることがあったな。目もはっきりつり目だった。しかし今鏡に映る己の顔を見ると、目じりはやや上がっているものの瞼がぼんやりしてどちらかというとタレ気味だ。重力と緊張感が関係しているものだろう。
 図書館で雑誌ダヴィンチをパラパラめくると、幾人かの作家が顔を現していた。あまり見たくなかったなあと思ってしまう人が一人二人三人・・・。
 
 
 原節子だった。

 原節子はこの話の中でずっと笑っていた。茶漬けを食べるシーンがあったが、ザッザッと音を立ててすすりこむ勢いが良かった。沢庵か何かをつまみながらザッザッとかきこむ。昔の人だと思った。


 

 
 

いっぱい見る  納豆入り


 昨日はセカンドオピニオンをということで、大きな総合病院まで行ってきた。

 ここは急患は別として、一般の患者はどこか他の病院の紹介状がないと診察してもらえない。そして電話で予約して(当日はダメ)から行く。
 そんなわけだから、大きな病院と言ってもそう待たされることもないだろうと思いながら赴いたのだが、9時半の予約の所、私が診察室に入ったのは11時半だった。待合室の所に4人の医師の診察待ち時間というのが表示されていたのだが、最初「予定通り」というのが一人の医師が「15分遅れ」になり、「30分遅れ」になり、私が診てもらう時には全員2時間遅れになっていた。
 念のため持ってきた村上春樹の短編「カンガルー日和」にたいへん助けられたが、私は腰が悪いので、ずっと座って待っているのはつらい。それで、廊下をゆっくり歩いて他の科の待合室状況などを見て回った。

 小児科の待合室は、壁に木やキリンやらサルやら鳥やら動物の絵が可愛らしく描かれていた。明るく楽しい感じでよいが、あれらが本物だったらもっと面白いのに、私だって楽しめるのにと思う。

 その小児科も内科や歯科の待合室も、たくさんの人が座っていた。受付の前には行列。
 帰る時には精算所の前で、薬受け渡し口で行列。ロビーにはどこからこんなにという人の群れ。13時をまわったところだったが、食堂の座席はほぼ満席。外の景色が見える休憩所にもウヨウヨ。お見舞いなど健康な人ももちろんいるが、こんなにも病気やなんやらの人間が、この時間、この同じポイントにこうも集まっているということに、イヤハヤと思う。

 あ~ヒトいっぱいみた。そういう日だった。病院ではたらくヒトというのもしっかり見た。社会見学だ。


 。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。 。。


 夕食は何にしようかと考えていて、朝食べ切れなかった長芋納豆があったのを思い出した。
 なんとなく、それを茶碗蒸しにしてみようと思いつく。

 卵一個を割って溶き、自家製のめんつゆと水で適当に作った出汁を混ぜ、それを漉しながら長芋納豆に注ぐ。器は大ぶりの茶碗だ。
 小鍋に入れ、鍋肌から水を適当に注ぎ、茶碗の上にアルミホイルで蓋をして火にかけた。
 沸騰して弱火に落とす。蒸し時間も適当。

 もういいかなと火を止め、鍋蓋とホイルを除くと、残念!最初の強火が長すぎたらしい。つるんとしたあの茶碗蒸しの肌ではなく、ぶわぶわとした荒れたクリーム色の肌が、なんとなく申し訳なさそうに、見えた。

 それでもこれは、ぶわぶわ納豆茶碗蒸しは美味しかったのです。
 納豆がとても柔らかくなっておいしい。
 粗く細かめに切った長芋もなかなかよろしい。
 正確に言うと、この中にはみじんのネギや茗荷やそれから青のりも入っていた。それらも食感や風味といった所で、それぞれいい働きをしている。

 茶碗蒸しは簡単だ。
 具が無くても別にいいし、具なしで上に何かしらのタレなどをかけて食べてもいいし、鶏肉やエビや銀杏でなくても、ハムや豆腐や何かしらあるものを入れてもいい。
 これからの季節にもいいし、茶碗蒸しでいろいろ楽しんでみようか。


落書きもしている

 夕焼けがきれいになってきた気がします。
 
 昼間の太陽は、「今夜はやっぱりビールかな」と思わせますが、午後5時過ぎの夕食時には、「やっぱりお湯割り」と言って芋焼酎を用意しています。


  お絵かき

 寝る、食べる、ラジオ体操、ストレッチ、軽い散歩、寝ながら読書、必要があれば買い物。
 このような毎日が続いています。
 少し長く座れるようになってきたので、落書きもするようになりました。上の女性は画用紙に落書きしたのを切り抜いて、裏に厚めの紙で支えをくっつけました。写真撮影のあと、今は戸棚に静かに佇んでいます。
 「弟子」という肩書の名刺は、人生初の自分の名刺です。何年前だろう、懐かしい。これは確か10枚くらいしか作らなかったもので、今手元にこの一枚だけ残っています。9枚はどなたかの手に渡ったのだろうと思いますが、まだこの世にある可能性はかなり低いと想像します。

 落書きが夕方になると、ワインが飲みたくなります。椅子に座っているからでしょうか。夕食時は座卓なのです。
 赤ワイン買ってこようかな。


チャップリン


 ライムライト  ①舞台照明の一つ。主演俳優の照明に使う。
                      ②(転じて)名声。評判。花形。


 いまごろ、と言われそうだが、チャールズ・チャップリンの『ライムライト』を初めて観ました。

 冒頭、チャップリンが出てきたとき、それがチャップリンだと私はわかりませんでした。そうかもしれないけど別の人だろうという感じで。私の中にあったチャップリンは、例のあの姿、つまり白塗りの顔面の上にはちょび髭、目の周りが黒く、下がった眉毛、頭にあのハットを被っていると。ハットの下は黒髪だったはず。でもライムライトのチャップリンは白髪で、そして年寄りでした。
 思い出してみると、チャップリンの作品は、『街の灯り』くらいしか観ていないのでした。

 
 チャップリンはさすがに賢そうでした。実(じつ)がある感じでした。作曲も自分でやっているのも初めて知りました。
 年取ったチャップリンは、所どころ、三輪明宏に顔が似ていました。


 『ライムライト』は良かったです。面白く観ました。今の自分の年齢や状況にちょうどよかったのかもしれません。チャップリンの老け加減も良かった。
 相手役の女優、名前を忘れてしまったけど、自殺未遂をしたバレリーナ役の彼女もなかなかよかったです。
 売れなくなった喜劇役者役のチャップリンが、彼女に生き方指南をします。
 「瞬間を生きればいいんだよ」
 「人生に必要なのは、勇気と想像力とそして、少しのお金」

 これらの言葉がびんびんとは来ない自分は、まだまだなまぬるい所にしかいないのかなと思います。


朝ごはん

 昔行った海外旅行でB&Bというのを体験してからしばらく、朝食を出す宿をいつか自分でやってみようと考えていたことがある。近ごろは、農家民泊という言葉も普通に聞かれるようになってきたが、それより少し前のことだ。

 
 旅に出て宿に泊まると、夕食はもちろん楽しみだが、もっとシンプルな気持ちでうれしがれるのは朝食、朝ご飯だ。個室になっている食事処で供される品数豊富な温泉旅館の朝食もすてきだが、低料金のビジネスホテルのバイキング朝食だって楽しいし、民宿の素朴な朝ご飯もいい。わたしにとって良い朝食のポイントは、和食なら焼き魚の旨さ。洋食ならパンの美味しさとジュースのフレッシュさだろうか。


 『ぱっちり、朝ごはん』
 今読んでいるこの本は、朝ご飯の文章ばかりを集めたものだ。

 一発目に出てくる林芙美子の「朝ご飯」というのが、今のところ一番気に入った。
 文章のリズムがいい。この人、食べるの好きなんだなと思う。強気な感じもさっぱりしてよい。
 しかし林芙美子といえば放浪記か。なんとなく大変な人生を送った人だと、貧しい生活だったんだろうと思っていたが、これを読むと、当時に海外旅行したり、夏はパンと紅茶で朝ご飯、それにピーナツバタを塗ったり、うには金沢のが一番でこれをトーストに塗って食べ、「うますぎる感じ」などと言っている。

 その他の人のものも、それぞれ興味を引かれるところがあるが、納豆のことについて書いてある二つは自分に引き寄せて読んだ。
 一つはテレビにも出られたりしている小泉武夫氏の話。
 氏は納豆大好き。そして、各地で出会った納豆の感想を手帳にメモされているのだが、そこに「糸の性質がよい」という言葉があった。私も納豆はよく食べる方だし、メーカーや粒の大きさなど違うものを買うことが多いと思うが、糸の引き具合は見ても、糸の質ということまでは考えが及ばなかった。
 もう一つは作家の渡辺淳一氏。
 氏も納豆が大好き。大好きだから、パックの納豆や、納豆に卵やとろろを混ぜてねばねば過剰になったものをヨシよしとしない。納豆を食べた後口の周りをふかない者は、納豆を食べる資格なしと言う。
 わたしは納豆に卵を混ぜることもたまにあるし、人の食べ方まで気にしないが、渡辺氏と同意見のことが一つあった。
 パック納豆に付いているタレ、あれをやめなさい、ということです。氏はあれは甘すぎると言う。確かに。そしてあのタレを全部入れると味が濃すぎる。氏が言われるように、醤油でよいのだ。わたしはとにかく使わないので要らないのだあのタレは。でも芥子はついててもいいなあ、などと勝手なことを考える。

 二人の話から、秋田県は納豆処だとわかった。
 秋田ではないが、秋田に近い山形のある旅館に泊まった時、夕食が酷くてお風呂もへんてこりんでなかなかに気落ちしていた所、翌朝出された納豆が美味しくて忘れがたいものだったということがある。それは自家製の塩納豆でとてもやわらかく風味豊かだった。


 この本には世界各地の朝ごはんが出てくるので、出歩けない欲求不満とも相まって、旅行熱が再燃だ。



 

 

太ももと尻

 『巴里のアメリカ人』を観ました。


 1951年製作。
 なぜこれを観ることになったかと言うと、この作品は『第三の男』と同じ年に世に出た映画なのですが、淀川長治氏がその年の映画ベスト10というのを出していました。氏によるランキングでは、第三が5位。そしてこのアメリカ人が堂々の第一位だったのです。氏は「この年はどれもよくて順位付けはとても難しかった」というようなことをおっしゃっていますが、「あれが5位で、これが・・・ では観なくては」という訳なのです。


 『巴里のアメリカ人』は、ミュージカル映画です。
 ミュージカル映画を小さなテレビ画面で観るというのはきっと、楽しさの半分ほどは減少するでしょう。そして今現在の自分はミュージカルにあまり興味が無い。ですから、歌い踊る場面が長くあった時には、画面を見てはいるのにいつの間にか余所事を考えていてハッとする、というようなことが起こるわけです。

 そのような具合でも、やっぱり主演の二人のダンスはいいです。特に私の眼と気持ちが集中したのは、レスリー・キャロンが性格の様々な女性をテーマにした5種類の踊りをするところと、ジーン・ケリーが全身クリーム色の身体にぴったりした衣装で踊ることろです。レスリー・キャロンは小柄で顔も小さく腰や腕も細いのに、その太ももはとてもしっかりしていました。そしてジーン・ケリーの尻のブン!と上に上がったこと。あんな太ももと尻が欲しい。ついでにあの身体の柔らかさ、スタミナもください。

 あとは、ジーン・ケリーに群がる街の子どもたちが”素”な感じで可愛らしい。今どきの子役には、あの素な感じはなかなか出せないでしょう。カメラが回っていない時に、ジーン・ケリーは子どもたちに色々サービスしていたに違いない。いやそれとも全く触れ合わないでいたから、あんなに本当にわくわくした感じが出ているのか。


 これを観ながら一日5分の貧乏ゆすりをしようと取り組みましたが、貧乏ゆすりって、しんどいですね。まず腰にけっこう来ます。膝にもきます。貧乏ゆすりマシーンを開発している人がいるというのが、解ります。自分スタイルの貧乏ゆすりを見つけなければと思います。




 

マンシーニ  ゆする


 ほぼ一日中ラジオを点けているので、ニュースなどは聞き飽きてしまう。

 朝7時前に一度切って、音楽を聴くことにした。

 アナログ人間は、録音したカセットテープを差し込む。

 今朝は、『THE BEST OF HENRY MANSINI』 映画音楽だ。


 母が送ってきてくれた白米を炊き、味噌汁を作り、美味しく入った緑茶を飲みながら聴く。
 ムーン・リバーから始まり、シャレード、ピンクパンサー、そして聴き馴染みのない曲があり。。。


 作りおいた切干大根や鮭フレークをそろえ、朝食が整ったので食べながら腰を落ち着けて聴く。

 
 なんという曲かわからずに聴いているのだが、キラキラと星が散りばめられたようなきっと夜の街だったり、様々な動物がひそむジャングルだったりが、この情緒に欠けた自分にも見えてくるような気がする。これは知っている「ひまわり」では、どうしたってせつない気分になる。
 ヘンリー・マンシーニの才能、そして、音楽とはすばらしいものですね。
 演奏しているのは確かヘンリーマンシーニ楽団だったと思う。楽団もきっと愉しんで演奏していただろうと思う。マンシーニ楽団にいることに歓びを持っていたのではなかろうか。


 。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。


 パソコンを開くと、どうしても一日一度は「腰痛」「股関節」というキーワードで検索してしまう。

 便利な世の中。今や腰痛体操や股関節体操などが、無料で動画で観られる。なにやらエライせんせいの講演なんかも配信されていたりもする。アナログ人間にも簡単に見られるありがたさ。
 
 「股関節痛には貧乏ゆすりがいい」という情報をゲットした。
 それだけでなく、冷えにもいいらしい。
 貧乏ゆすりの癖は持ち合わせていなかったので、今後意識的にゆすっていこうとおもう。目標一日5分。


 しかし動画に出てくる整体師たちは、なぜか皆さん胡散臭くみえるのはなぜだろう。




化身


 龍角散のど飴を舐めようと思い袋から二粒取り出したところで何事か思い出し、飴を小皿にとりあえず置いて何事かを片付けました。

 そのままのど飴のことはすっかり忘れて、あ舐めてなかったと気づいたのは、夕食を食べたあと。

 もう舐めたい気持ちはちょこっともありません。小皿にそのままにしました。


 普段飲料用の水は買って来ているのですが、腰が悪くなってからその負荷がきついので、水道水をペットボトルに入れ一晩冷蔵庫においたもので我慢しています。
 寝る前に、夜中に起きたときに飲む水を用意しようと思ったら、ペットボトルが空でした。
 仕方ない。私は氷をグラスにいっぱい入れました。飲みたくなるだろう頃には、ちょうどよく溶けているでしょう。
 氷を入れたグラスは水滴が付いて、そのうちグラスの下に小さな水たまりができます。コースターなどありません。と、私の眼に龍角散のど飴を乗せた小皿が入りました。飴をわずかに横にやり、そこへグラスを乗せました。


 夜中に私は珍しく目を覚ましませんでした。


 翌朝起きて、グラスの水を飲もうと小皿へ寄ると、ちゃんと氷は水になり、小皿の中にはちゃんと水たまりができていました。
 その水たまりは、うっすら色が付いていました。皿は薄緑ですが、水はほんのり茶色というか。
 龍角散のど飴の姿がありません。
 龍角散のど飴は、そうです。グラスからできたほんの少しの水分に、溶けてしまったのです。

 うっすら色づいた水を、私はグラスの中に加え、飲みました。
 ほんのり甘くて、わずかに薬っぽいような味がしました。


 飴は水に溶けるという話。



 

葉と花びら  再生


   葉っぱ


 10分間のゆっくり歩きの最中。
 蔦状の植物が用水沿いの柵を覆っており、その紫がかったような濃い緑に手がのびた。
 取った葉っぱには、先ほどまで降っていた雨の粒が光っていた。だから手がのびたんだと思う。
 
 葉っぱの上のフリルの花びらは、公園に咲いているさるすべりだ。
 百日紅もそろそろ終わりがけの様相を見せてきている。
 ぽんとした花の塊ひと房をもらいたい所だったが、みんなの公園。


 家に帰って、せっかくだからスケッチした。思うように描けなかったが、描くことに意味がある。ヨシだ。
 しばらくすると、ちいさい花びらは乾いてどんどん萎んで、色もくすんでいった。
 そのうち葉っぱの大き目の雨粒も消え、たるんと力が抜けていった。


 昔買った雑誌を眺めていたら、シルバーのアクセサリーは歯磨き粉できれいになるとあった。
 ずーっと昔に買ったシルバーのネックレスがあったなと思い出し、その濁ったまま放っておかれた鎖に、悪かったねえと言いながらさっそく歯磨き粉を塗り付けて手でごしごしごしごしとやってみる。なんとなく10分ほどおいて水で流し、太陽の光の下に持って行くと、あらまあほんとう。綺麗にピカピカ明るい表情で光っていた。


 
 こういう感じで一日がすぎていく。



秋味 

 初物を食べました。


 「刺身OK 脂のってます!」
 新サンマです。
 冷蔵庫の中と相談して夕食は豚キムチにしようと思って買い物に出かけたのですが、この謳い文句と氷の中に入れられたサンマの嘴の黄色と体の青のぴかぴか光った所を見たら、豚キムチを押し通すことはできなかった。

 家の魚焼きグリルはちょっと小さい、というかサンマがでかいので、火加減のことも考えて右斜めにしたり左斜めにしたり、塩鮭やシシャモを焼くのと違ってけっこう大変。臭いも強めに残るけれど、サンマは家で焼くのが一番美味しいと思います。できればもう少し大きくて両面一気に焼けるグリルか、ほんとうは七輪があったら最高なのかもしれませんが。

 肝も全部食べたいので、しっかりと焼きます。ここの所が私のグリルの惜しいところで、しっかり焼こうとすると、ちょっと脂が落ちすぎてしまう。

 しかしでも、新サンマは美味かった。
 ビールがなかったので、缶チューハイと一緒に楽しみました。何も働かなくても、日が暮れてくると一杯やりたくなるのは父の血。
 「っああっ!うまいなあ~」とやっていたら、母から電話がかかってきました。
 「筋肉を増やすにはどうすればいいかっていうのをこないだテレビでやっとったでねえ。今から言うよ。一、一日に取るたんぱく質は・・・」という話でした。
 最後に母が言いました。
 「あんた今日元気な声しとるね」
 それは呑んでいるからだよ、とは言わず、「そりゃあ秋刀魚のおかげだね」と言っておきました。


  
   パンケーキ1
 秋ではないが、人生で2回目?のパンケーキ焼き。太るため、もちろん。

   パンケーキ何枚
 大きさも焼き具合もバラバラ。
 毎日焼いたら上手くなるだろうなあ。





  
 

今だから読める  乾いた風


 スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を読んでいる。
 
 きっと話の雰囲気に乗れないで読めないかもなあと思いながら読み始めたのだが、もう少しで読み終わる。しかも飛ばし読みでなく、しっかり話を追って読んでいるのだ。

 村上春樹の訳だから良かったのかもしれない。
 そして自分に嫌というほど時間があるからだろう。

   。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。


 今朝はとても涼しく、「夏日で暑くなります」という予報だが、空気が乾いて空高く、なんとも気持ちが良い。

 こんな乾いた空気を吸うと、運動会を思い出す。
 鼻が思い出させる。
 私が子どもの頃、学校に勤めていた頃でもまだ、運動会は秋だった。

 運動音痴なので、自分が子どもの時の運動会は、これと言って楽しい思い出がない。6年生の時に最後の整理体操でふざけていたのを帰宅後母に怒られて、夜中まで家を追い出されたことくらいか。
 勤めていた村の小さな学校の運動会は、自分が競技者でなくても楽しかった。
 その学校のすぐ隣に幼稚園があり、幼稚園児と学童と、それから地域の部落ごとの運動会もみんな一緒だったから。よちよちに毛が生えたような園児から、お父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃん。高学年の行う騎馬戦の馬は、お父さんたちだった。高くて動きのいい馬だから、すごく盛り上がった。
 そして、この日の昼食は、先生たちには必ず”へぼめし”がふるまわれた。
 へぼめしとは、蜂の子が入ったご飯のことである。
 蜂の子の佃煮が入っているのだが、これは買ってきた瓶詰などではなく、教頭先生自らが、PTAのお仲間と一緒に捕ってきてくれたものだった。あまりよく見ないで、食感もなるべく気にしないようにして食べると、香ばしくて美味しかった。

 懐かしいなあ。

 秋の運動会=青いミカンの図式の方は、子どもだった頃の記憶にあるのが、少しうれしい。






 腰痛を発症して、ちょうどひと月、経ちました。

 「痛い!」と思ってから5日はそのまま働いていた。コルセットをして足を引きずりながら。よくやった。よくやったが、それがいけなかった。酷くした。
 帰ってから2日くらいは家にじっとしていたが、その後筋肉の衰えを気にして歩き出した。
 始めは5分、3日後に10分、1週間後には休み休み15分。きつくない筋トレやストレッチもした。自転車にも乗ってみた。腰痛の本にも、二三日したら、歩いたり運動はやったほうがいいと書いてあったから。
 でも、それも良くなかった。私には。いや、やり過ぎたと言うべきか。


 「自分は丈夫だ」という思いが私はとても強くあった。
 実際風邪も滅多にひかないし、ラジオ体操も毎日やってるし、歩いているし、肥満でもない。おばあちゃんは102歳まで生きた。今年の冬に起こったド貧血も、薬に頼らずに改善している。だから今回も、そんなに休まないでも元に戻るだろうと。

 20分、自分を励ましながら歩き、腰の重さをひどく感じながら自転車に乗った夕方、立っても座ってもいられなくなった。

 三日前から、歩くのもお休み。家にいるだけ。けれども、座り続けたり立ち続けることはできないので、主に寝転んでいるわけだ。
 わけだが、寝っぱなしもいけない。とにかく同じ姿勢でいるのは、血の巡りが悪くなっていけないのだ。寝ながら足を動かしたり、伸びをして見たり、ゆっくりゆらゆらしたりしている。
 そして、食べている。
 期間労働の地で他に女性もいる中で(私より年上だっていた)、私だけ悪くなったのは、肉が、筋肉がなかったからだろう。母や師匠にそう言われて、「そうかな?」と思ったが、「お相撲さんならならんだろう」と言われて、「はい」と言うしかなかった。
 で、食べている。
 太るために。
 筋肉を付ける=タンパク質摂取、と思うが、私のような場合、まずなんでもいいから食べて肉を付けるのだ!その後それを筋肉に変えていくのだ!!ということで、炭水化物、脂肪、卵、乳製品・・・寝る前のアイスクリーム、天ぷらうどんなんて糖分と脂分の絶好のメニューである。
 簡単なことだ、と思うのだが、元々野菜や豆腐などが好きで、甘いものを買ってくることもそうしないという人間は、気を抜くと「それじゃ太れないでしょ!」という献立になっていたりする。頑張ってたくさん食べると胃がもたれたりするし。

 しかし少しづつ、太ってきているはずだ。体重計がないからわからないので太ももの太さを測っているのだが、太ももはそう目に見えて変化はないものである。でも、太ってきているはず。動かないで食べているんだから。痩せる要因の一つであるストレスもない。・・・ストレスはあるか・・・。

 ただ今私にかかってくるストレスは、「動けない」というストレスだ。
 朝ごみ出しに行くと、前の公園のベンチで、ホッホッと激しい腹筋運動をしているおじいさんがいる。
 スーパーに行くと、幼い子どもを走って追いかけるお母さんがいる。立ちっぱなしでレジをやる店員さんがいる。
 夕食を食べながら寅さんを観ていたら、机の上に立っていた船越英二を寅さんがドついて船越が落っこちた。
 おじいさん、お母さん、店員さん、船越英二の役も、自分には今できない、と思う。

 これを書いていたら、さっき宗教のご婦人二人が訪問してきた。彼女らは、ずっと歩き回っている。坂道も階段も登る。私にはできないなあと思いながら、差し出されたパンフレットを受け取った。


 今月1日から、腰痛日記をつけ始めた。
 ノートの表紙に油性の黒ペンで、「腰痛に負けるな!目指せ健康美人!!」と書いてある。もちろん自分で書いたものだ。
 バカみたいだが、それを見ると、よし!と、ちょっと元気が出るのだ。


   プリン
 太るために作ったプリン。
 ちょうど良い甘さだったが、太るためには足りない!



TIN TIN


”TIN TIN” とは、”タンタン”
 アニメーションを初めて観ました。

 その姿と名前は知っていましたが、タンタンがこのような人だとは思ってもいませんでした。

 タンタンは、青年でした。「男の子」ではなかった。
 昔(シリーズの始め)は、もしかしたらちゃんと「男の子」だったのかもしれませんが、昨日観た彼は、もう20歳位でしょうか、白いランニングシャツから見える腕は筋肉がしっかり付き、胸も盛り上がっていました。
 話が面白いとかいうのより、なんか違うという気分で見終えました。
 成長しているタンタンも、人気はあるのだろうか。


 秋風が吹いてきて、抜け毛がふえています。


風にあたりつつ


 川上弘美の『センセイの鞄』を再読した。
 川上弘美だった。

 お酒を呑む場面が多いのと、ゆるやかな川上調が、ここのところの涼しい夜に調度よく合った。

 といっても、一日中ヒマなので、昨日はお昼前の時間に寝転がって本を開いた。
 雨上がり。
 明け放した窓から入ってくる風を頭に肩に、気持ちよく感じる。
 
 話はうまい具合に夜ではなく、昼間の場面だった。わたしとセンセイが島へ行ったところ。
 二人が墓参りに行った所で、虻が出てきた。
 それで私は、腰を痛めた現場での出来事を一つ思い出した。

 そこには共同浴場が一つあった。一般客は500円かかるのだが、その浴場を管理しているのが私が働いていた会社だったので、従業員は無料で入らせてくれた。営業時間が午後5時までだったので、休みが取れるときしか行けなかったのだが。
 ある日の午後、時間を見つけて入りに行った。湯客はいつも、一人いるかいないかで、その時は先客がお一人いた。連れが男湯にいるらしく、あっちとこっち、壁を隔てて二人は関西弁で喋っていた。
 二人は夫婦ではなく同じ会社の登山仲間らしかった。男性の声の感じと、女性が時々敬語になるので男性は上司らしい。私が入っていくと、女性の方が壁の向こうに向かって、「他の人が入ってきたからねえ」と言った。けれども二人の楽しいお喋りはとどまらない。私だったらきっと黙って、出るときに「でるよー」ということになるだろうと思ったが、関西の人の自由な感じを好ましくも思った。

 男性が、「虻が来よった」と言った。そして、「昨日虻に刺された」と言った。
 女性が「大丈夫やったんですか」と言う。
 男「今来たのも牛虻だな」
 女「うしあぶ?」
 男「でかいわ」
 女「へえ、どれくらい大きいんですか」
 男「牛ぐらいや」
 
 関西人、やるなと思った。「ええとねえ、だいたい親指のさき位」などと私なら正確に答えてしまっただろう。おもしろくもない。


 と、そんなことがあったのを思い出したということです。

 ああ、風が気持ち良い。
 世の中は新学期が予定通りに始まった。公園の草刈りを業者の人が2日くらい前から刈っている。
 私は続けて本を読む。
 カーテンが風に吹かれて、窓の向こうの空が見えた。少し濁ったような空。
 こんな日があったなあと、いつか思い出すことがあるだろうか。
 思い出す。
 仕事で忙しく働いていたときのことより、働き盛りに働かず寝転んで空を眺めたこの昼のことを思い出すんじゃないかなと思う。




 
 

 
 
 

名作

 図書館でも名画を借りることが出来た。

 『 THE THIRD MAN (第三の男)』 
 『FROM HERE TO ETERNITY  (地上(ここ)より永遠に)』

 第三の男は観たことがあるのだが、その時はあまり面白いとも思わなかった。
 今回は2回繰り返し観て、よくできた映画だと思った。面白かったと言える。そしてやはり、オーソン・ウエルズが良い。出てくると、「お」と思う。ハンサムでないのがいいのかな。


 地上より永遠には、図書館の棚になかったら、全く知らずに観ることなく私はいずれ死んでいたかもしれない。
 1953年の作品。随分昔だ。

 あのフランク・シナトラが助演男優賞を取っている。

 シナトラ=マイウェイというようなことは私でもすぐに出てくるくらいだが、シナトラの容姿などはまったく知らず、DVDジャケットの説明がなければ、この人がシナトラだと分からなかった。映画の中でシナトラは意地悪な上官から「イタリアの猿野郎」と言われているが、小柄でほんとに猿みたいだ。この人がマイウェイか、と思う。

 戦争が舞台というあまり好みではない設定だが、戦争映画ではなく、人間模様が前面に出てしっかり描かれているので、2時間近く飽きずに観られた。最後の方で、兵士たちのいる基地に飛んできて爆撃を加えてきた飛行機が日本軍で、これが真珠湾攻撃のことだったのが、なんとも言えない気分だった。
 もう一つ特筆するならば、W主演なのか知らないが、主演男優の一人であるバート・ランカスターの肩幅がすごい。あれは自前なのか。


 レンタルビデオ店にもなかなか置いてないような名作を、図書館でもっと揃えてもらいたいと強く願います。




プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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