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漬けたレーズン 味噌汁のズッキーニ

 久しぶりにバナナを買って食べました。


 バナナは、充実している。
 バナナの皮をむいてそのまま齧って食べるとき、食べ終わってからいつも思います。もっとゆっくり味わって食べるべきだった。
 自分の予定していた速度よりかなり速く、私はバナナを一本食べ終えてしまいます。いつも。バナナの充実感を満喫していない!と思うのです。


 今日は、バナナを適当にぶちぶちと切って、ヨーグルトをかけ、きな粉を振り、ライチリキュールに漬けてあったレーズンをパラパラ撒いて食べました。

 レーズンが口の中に入った瞬間思い出しました。これと似たようなものを、庭の仕事で入ったお家の奥様が、お茶と一緒にだしてくださったことがあったなあと。わたしのより酸味の軽いヨーグルトの中にバナナとあの時はキウイが入っていて、漬けたレーズンがやっぱり入っていたのです。「これはねえ赤ワインに漬けたのよ。私は毎日これ食べてるの」と、もう80歳に近かろう奥様は微笑みながら仰ったのでした。
 ご主人が先立たれ、大きなお宅に奥様一人になり、もともと良くなかった足をまた悪くされ、東京の息子さんの所へ越していかれました。そのことにわたしは特別な感情を持ち合わせなく、この庭にはもう来ないということをうっすらと思っただけでしたので、お酒に漬けたレーズンであの奥様を思い出すとはなあと思いました。



 
 茄子、とうもろこし、オクラ、モロヘイヤ、ゴーヤ、国産のカボチャ・・・・

 野菜売り場には夏野菜が賑わってきました。胡瓜や茄子ピーマンなどは通年出回っていますが、いよいよ自分たちの季節だと言っているような姿と値段になっています。


 子どもの頃には見かけなかった夏野菜がズッキーニです。この野菜を私は好きです。老いた我が母も好きらしい。

 ズッキーニは油と相性がいい。
 ズッキーニは南瓜の仲間。

 ということで、炒めたり揚げたり煮込んだり、スープにもできるし生でもいけます。

 今朝初めてズッキーニを味噌汁に入れてみました。
 味噌汁のズッキーニは、茄子。
 水分は茄子並みだからでしょう。
 南瓜の仲間なのに。ちょっとばかり裏切られた気持ちになりました。






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名付け


 先日あるラジオ番組に柴崎友香という作家が出演していて、なかなか普通で感じが良かったので、作品を読んでみた。

 
 昨年芥川賞を受賞した『春の庭』

 30代半ばの離婚歴のある一人暮らしの男性・太郎が主人公。太郎が住むアパートとその隣に立つ家が舞台。


 物語はなんということもなく静かに流れていくが、つまらなくはない。


 最後に話し手が太郎の姉になるのだが、そこで姉弟の思い出話の中で話されていたことの、ある一つがもっとも私はひっかっかた。
 それは、犬の名前だ。
 姉弟が子どもの頃住んでいた団地に迷い犬(白地に茶色ブチ、耳が垂れている)が現れた。近所の子どもたちはその犬を”ピーター”と名付けた。
 ピーターねえ、と思った。

 私が子どもの時に、近所の公園に野良犬(薄茶色で痩せている)が現れた。近所の子どもたちはその犬を”ガリ”と名付けた。

 子どもの世界に迷い込んできた犬。名前として、「ガリ」の勝ちだと判定した。


 ガリは、ほんとうにガリガリだった。

 ピーターは数週間後にいなくなった。太郎の姉を含め何人かの子どもらは保健所に連れて行かれたと思っていたが、実は犬を飼える家の男の子が引き取って飼った。
 ガリもいつの間にかいなくなった。誰もガリがどこに行ったか知らなかった。保健所という言葉も私たちはまだ知らなかった。





 

 

V


 ”V”とは、昨年夏の期間労働で出会った台湾人の女の子である。約一カ月寝食を共にした。


 彼女は昨年度1年間働きながら日本を廻り、一度帰国した後再度渡日し、3か月の日本語学校生活を岡崎で送り、先日無事卒業したのだ。


 Vは日本で人間関係に恵まれ、7キロ太った。約1年ぶりに会ったVは、そのまま太っていて浅黒い肌がつるつると光ってシアワセ顔だった。私はとても安心した。


 昼食はいくつかの選択肢からVが選んだカレー屋に行った。因みにVは辛いものがそう得意ではなく、カレーの辛さもあまり辛くないものを注文した。台湾ラーメンを名古屋で食べたらしいが、すごく辛かったそうだ。台湾人はそんなに辛いものを食べないということで、もちろん名古屋名物の台湾ラーメンは台湾には無い。
 
 
 カレーは家で作るもので満足するが、ナンが食べたくてインドやネパール料理屋に行く。Vもナンが好きだと言った。

 入った店のナンは、大人の猫の下布団にもなりそうなデカさだった。そして甘かった。もっと甘くなくて良いと思ったが、ナンが甘いとカレーの美味しさが上がるのだろうか。


 Vと私はよく喋った。
 Vはほんとによく笑う。なんということもない私の話にも、よく笑って聞いてくれた。
 よく笑うVと地声のでかい私。こじゃれたカフェなどを昼食場所に選択しなくて正解だった。カレー屋の混み具合も、離れた席にほどほどのお客でよかった。

 話題はVの『日本生活を振り返って』というのが中心であった。色々聞いたが、最も興味深かった話は、Vが私に質問がてら言ったこと。
 「日本人の男の人は、女の人の身体によく触りますねえ。なぜ?」というのだった。
 酒の席でコンパニオンやお店の店員に触るのは理解できるが、普通の職場でも必要以上に触ってくるのはわからないし、そうされたらどう反応するのが一番いいのか、というのだった。
 「ああ、Vはかわいいからおじさんか誰かにさわられたんだねえ」とからかったら、可愛いVは顔を赤くした。もう30になったようにはまったく思えない。

 ボデイ―タッチが挨拶でもあるような国々があるから、日本人はそういう部分ではカタい、とでも言えると思っていたが、Vによると、台湾人男性より日本人男性はあきらかに女性の(仕事仲間とか)身体を触るというのだ。私は、そういう商売の女性に対する態度の延長でそうしてしまうのではないかと思ったが、台湾にもそういう商売はあるし、そういう場では台湾男性も触る。でも職場で触ったりはしない。・・・なるほど。・・・
 その時は思いつかなかったが、日本人男性の何割かの中には、まだ女性は下という感覚が存在しているからではないか。

 台湾人の間には、「日本人男性はよく触る」という情報がしっかり流れているらしい。

 Vを触ってイヤな気持ちにした男。明るいVの日本生活、唯一の灰色部分になってしまったかもしれない。
    


  カレー屋チャイ

 食後のチャイが美味しかった。
 とにかく喋りながら食べたので、最後のほうカレーはすっかり冷めてしまった。冷めたカレーは塩味がくっきり増していた。


   。。   。。   。。   。。   。。   。。   。。   。。   。。

 
 腹いっぱいになった後、なんということもない道を散歩し、夕方に入る頃なんということもない若者が好きそうなカフェでコーヒーを飲みまた喋った。

 
 Vを駅に送ったのは7時をまわった頃。
 Vの立派なカメラで(これはVの彼のものだった)写真を撮った。
 握手をと、私が手を出すと、「あくしゅなの?」とVは言った。
 私たちはしっかりめにハグをして、背中をたたき合った。

 改札口に向かう階段を昇りながらVは、下で見送る私の方を何度も振り返った。



 台湾に行くなら、暑い夏と雨が多くてけっこう寒くなる冬を避け、11月頃か3月後半辺りが良いそうだ。
 11月は日本も紅葉だし気持ちの良い季節。3月後半は日本には花粉が飛びまくるが台湾ではないらしい。いつか行けるといいものだ。(その頃台湾の人は日本に花見に来るそうだ)


 
 家に帰ってVがくれた包みを開いたら、備前屋のお菓子だった。今岡崎にホームステイ中だから。こんなふうに気を遣ってくれるだ。ホームステイ先ともとても良い関係で楽しく過ごせたそうだ。明日はそのお家に語学学校の仲間が集まり、持ちよりパーテイだそうだ。


 いい一日だったと思いながら床に入った。

 
 真夜中過ぎに目が覚めて、どうにも眠れない。
 Vとの時間が、静かに私を興奮させているようだった。





 
 



 

no title

白い夏用の体操着を着て登校する小学生、中学生を今朝は見た。二人の女子中学生の歩く姿は、まだ背丈の低い苗の植わった田んぼの水に映った。


することなく寝転び伸びをする午前九時。
開けた窓の外に高く澄む青空。


先に何があるだろうかと思う。
暗くも明るくもない平たい気持ちで思った。

裏の顔

 梅雨に入った。


 深夜にトイレに起きて、なんとなくラジオを点けると、生き物博士というような人が喋っていた。
 「アメンボは落ちてくる虫の体液を吸います」

 ショッキングな言葉だった。



 子どもの頃、こういう梅雨の頃から夏にかけて雨が降ると、家遊びだけでなく雨遊びをした。
 近所の子どもら何人かで持ち寄った傘をうまく重ねて、傘の家を作ったり、カッパや長靴を身に付けてとにかく雨の中走り回るとか。
 そして雨が上がると、道にはきっと大きな水たまりができていて、水面には何匹かのアメンボがスーイスーイと滑っていたのだった。わたしはアメンボが好きだった。セミやカブトムシやクワガタのように、それを捕まえることは思い浮かばない虫。鳴きもしないしかっこよく飛びもしない。けれどもその動きはただ単に地味とも言わせない。とにかく水面を滑るのだから。細っこい長い脚もいい。見るのに楽しい生き物だった。

 「あたしは腹が減ったらこうして浮いている足元の水を飲むんです。そんなにたくさんは要りませんよ。滑るのに疲れて喉が渇いたときにちょっとね。あんまり飲んだら水が減ってしまいますからね。どうにもならない時は、空気を飲んでたっていいんですよ、あたしは。」

 アメンボが喋れるなら、そう言うのではないか。
 何となくそんなふうに思っていたのに実は、他の虫の体液を吸うと。肉食?というのか。
 そう言われれば、容姿が蚊と似ていないこともない。
 アメンボの裏の顔を知ってしまった気分だ。


 しかしアメンボは、餌となる虫が落ちてくるまで待っているのだからな。謙虚だ。攻撃的な蚊とは違う。


 水たまりに人間が倒れた場合どうなのだろう。
 アメンボは人間の体液を吸うのだろうか。




 

 

拾い物 おくりもの


  拾い梅

 
 散歩道で拾いました。熟れた梅三つ。あるお宅の庭の木から、道路に落ちていたのです。

 梅の肌には、落ちた時についたと思われる傷が小さくありました。だからいいかなあと思ってだまってもらいました。

 3つなので梅干し、梅酒、梅ジュースなどといったことはありません。
 楽しむのは香りです。


 楽しんでいます。たった3つでも、部屋に漂う爽やかで甘い香り。鼻に近づけると、体の中にやさしく新鮮なエネルギーが注がれるような気がします。私はゼリーというものをそれ程好んで頂きませんが、綺麗な透明のふるふるしたフレッシュなゼリーを口にしたくなりました。


 働き盛りと言える年齢で、本を読んで落語を聞いて少しお酒を飲み、食べて寝ているだけというような、死んだ祖母が元気なら「罰当たり」とでも言われそうな暮らしをしているわたしにまで、うれしい贈り物、梅三つ。



  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。


 読んだ本。

 瀬尾まいこ『おしまいのデート』と、ちくま文庫の宮沢賢治。
 瀬尾まいこのは、たとえば歯医者の待合室で自分の番を待つとき読む、というような場面で向くように思われます。気楽本です。
 宮沢賢治はまだ最初の方しか読んでいませんが、時間が経ったらまた読むことがあるような気がします。昔の人は、血が濃い。血の密度が高いように感じます。自分はもう若くはないが、血が薄いものの代表にもなれそうだ。


 寝入りには、5代目古今亭志ん生。
 味ですね。
 でもこの人、売れるまでが長かったらしい。

 1時間のCD,聴いていたのは最初の10分いったかどうか。
 夜8時前に熟睡しています。



 

ふれあい

 買い物に歩いて出かけました。

 大き目の交差点の所に、おじさんが立っていました。私はおじさんの方に向かって坂道を上る感じで歩いていました。
 おじさんは、黒い髪を七三分けにし、近い白い開襟シャツに黒の半ズボン、白い靴下にスニーカーといういでたちで、なぜか上ってくる私の方をずっとじっと見ていました。
 信号が変わって、おじさんは渡れるようになったのに、私を見たまま動きません。
 昼間11時前。ちょっと怪しい人かなと思いました。私はおじさんからやや距離を取りつつ、おじさんも行こうとしていたと思われる横断歩道を渡りました。
 渡り終えてもう一度信号待ちに止まりました。
 気配がします。
 振り返ると、おじさんが私の後ろに立っていました。
 と思ったら、なんだか「ウーウー」言い出しました。私は緊張しました。

 おじさんは更に私に近づき、「ファ~」とか「ウー」とか言いながら、自分の左手のひらを出して、右の人差し指で何か文字を書きました。
 まず私は、おじさんの手のひらが紫だったのにびっくり。しかし落ち着いてよく見ると、それは大きな痣のようでした。火傷の痕かもしれません。
 落ち着いてきた私は、おじさんが手のひらに書いている文字が、「北」だということを理解しました。書き順が違っていたので、解りにくかったのです。
 「ああ、北ね」と私が言うと、おじさんはべらべらと今度ははっきり中国語だとわかる言葉を話しました。そしてあっちこっちを指差します。「北はどっち?」と言っているようです。私は「多分こっち」と、そうだと思える方向を指差しました。おじさんは何か、納得いかなかったのでしょう。何度も北、北と手のひらに書いて、私を見、何やらベラベラ喋ります。あっちやこっちを指差します。そして、南という字も書きだしました。
 喋りつづけるおじさんに「ちょっと待って」と私は言い、リュックサックから紙とペンを出しておじさんに渡しました。
 ものすごく真面目な顔で受け取ったおじさんは、「北ー南」と書いて私を見、「アーアー」と言いました。私は「北と南でしょう」と言ってうなずきました。おじさんはもう一度同じことを書き、その後、「平針南」と書きました。針の字は、日本のとはちょっと違いましたがわかりました。
 「ああ、平針ね。それならこっち」私はこんどは確かな顔をして、おじさんに言えました。「でも歩くのは大変だよ」と言っておじさんから紙を取り、「遠」と書きました。「歩くの無理かもよ、大丈夫かなあ」と言いました。
 おじさんはそこで初めて笑顔になりました。ほんとに明るい顔だった。最初見た時、怪しいと思ってしまったのを謝りたくなる笑顔でした。そして私にもわかる中国語「謝謝」と言って、私の手を両手に取り、ぶんぶんと振りました。おじさんの手はちょうどよく湿っていました。
 「迷ったらまた誰かに訊いてね」と私は言いました。おじさんはわからなかったろうと思いますが、笑っていました。
 手を振って別れました。
 しばらく歩いて振り返ると、おじさんもこちらを見ていました。私たちは高く手を上げて、もう一度手を振り合いました。



 朝のラジオで、他人とつながることが寿命を延ばすと言っていました。
 日頃つながりの殆ど無い自分ですが、今日はつながりではないけどふれあいがありました。人間、中国人のおじさんと。
 おじさんはちょっと口が臭ったなと思いました。
 言葉だけでなく、手までふれ合っちゃたなと思いました。


 
 

夕方散歩

 散歩のとき口ずさむ歌。
 
 「♪お~れは とって~も やくーざーなあにき・・・ 」この前から定番の寅さん。それに加えて口笛で『My Favorite Things』
 無事見終えた『DANCER IN THE DARK』で出て来たから。有名な曲だから知ってて良かった。口笛吹けてよかった。
 そして、この映画で酔うこともなかったので、重ねて良かった。友人が言った「グルグル回る」映像は、見直してもよくわからなかった。


 昨日は、夕方前にも散歩した。室内にいると長袖でちょうどよいくらいの気温だったが、外に出て背中に太陽を浴びながら手を振り歩くと、半袖でもじわじわと汗をかいた。しめしめという気持ちで、薄ら笑いが浮かぶ。

 しめしめのわけは、狙いがあったから。
 晩酌にハイボールを呑もう、美味しく飲みたい。仕事してなくて疲れてないから少し汗でもかかなければ。

 夕方散歩しているのもまず中高年の方々だが、その中にわたしと同じ思いで歩いている人はいるだろうか。朝に比べて男性が多いからそうかもしれない。そう思ったら、夕方散歩では挨拶はあまりしないのだけど、これからは笑顔でおじ様達に挨拶してしまうかもしれない。「帰っていっぱい旨いですね」という気持ちを込めて。



  スープ手羽元
    スープ煮にした地鶏の手羽元。充実したデカさでおいしかった

     イラスト似顔絵
      ひまだから似顔絵
 

昼に志ん朝 夜ビョーク

  志ん朝


 岸田今日子の朗読に続いては落語。

 おそらく同世代女性からすれば、好きな方だと思う。その昔、小学校4年生くらいだったか、私の愛読書は子ども向け落語百選、というようなものだった。「道具屋」という話が好きだった覚えがある。その中に出てくる「へっつい」という道具はどんなものか全くわからなかったが、気に入って読んでいた。なかなかしぶい思い出だ。
 とは言っても、特別落語に関して詳しいわけではない。そんな知らない私でも知っている名前、その芸の上手さを聞いている落語家のひとり、古今亭志ん朝。


 昼過ぎ。
 ごろんと寝転がりながら聴く。
 ライブCDなので、観客の笑い声や拍手も入っている。それが良い。落語はライブ録音がいい。くすくす笑いや大笑い、我慢できないどうしても笑っちゃうよ~というような笑い、そんなのを聴いていると、自分もその客席に行きたくなる。噺家の顔やきっと吹き出ているだろう汗や、動きの芸や、おもむろに羽織をぬいだりしたりして、そんな所が見られないのがちょっと悔しくなる。

 志ん朝のキレの良い噺。客席のお客さんといっしょに笑ってしまう。この人はどういう人だったのか、その生き様等、借りたCDに解説が付いていなかったのが残念だ。もともと才能があったのだろうが、こんなにお客さんを笑わせる芸を身に付けるのに、どれだけ練習したのかなと思う。

 可愛らしい顔だ。たれ目。特徴のある鼻。下唇が厚くて、下まぶたもぽってりしている。けれども、よく見ると、眉間にうっすら縦じわが見える。この縦じわの訳はなんだろう。

 まだ聴いてない『船徳』は、たしか有名な落語ばなし。これから聴きます。


 夕食後には映画。
 ビョーク主演の『DANCER IN THE DARK』
 随分前の作品で賞も取っているのに観ていなかったのは、友人の一人から「車酔いする人は見ないほうがいい」と言われたから。なんでも、グルグル回るような映像があるそうで、気持ち悪くなると言っていた。私はかなり酔いやすいのだ。

 それでも今回、観たい気持ちになってしまったので借りてみた。140分というけっこうな長さで、最初から2回に分けて観ると段取りつけて前半鑑賞。
 グルグルはまだ出てきていないが、なかなか疲れる映画だ。面白いが疲れる。ビョークは目がほぼ見えない母で、だから何が起こるか、ずっと緊張感が消えないから。ビョークの空想の中で、ミュージカル仕立てでみんなが歌って踊るシーンは、だからホッとする。
 小柄でずんぐりむっくりのビョークだが、手の指は先に向けてほっそりと長めに伸びていた。

 ビョークが殺人をしてしまう所まで観た。この先どうなってゆくのか。面白いが疲れる。疲れるが面白い。



 風呂の中と寝る前には宮部みゆき。
 楽しませてくれるものが手近に、こんなにあることに感謝。


菓子パン遺伝子の活動

 『秋刀魚の味』はどうしてその題名なのかという私の質問に、早速映画ハカセは解答を出してくださった。その他出演者の様々についてもわかりました。セロリハカセ、ありがとうございます。



 さて、先日菓子パンを何年ぶりに買ったら、なんだかどうもふつうに菓子パンを買うようになってしまった。
 わたしの中のある遺伝子が活動を始めたようです。

 菓子パン遺伝子。父からの遺伝子。

 生前、何かと衝突・反発していた父。認めたくないが、母よりも濃い血をわたしは父から受け継いでいる。濃いから余計に衝突していたのでしょう。その父は、酒好き、たばこ好き、そして菓子パン好きでした。家にいる日は、必ず一つ、おやつに菓子パンを食べていました。
 今現在のわたしからすれば、それはまあ可愛げに近いものを感じることもできるのですが、今よりずっとびりびり、父の何でもかんでもがイヤという状態の娘には、マイナス点に寄る感想しか持てませんでした。

 
 それが、その父の菓子パン遺伝子が今、わたしの中で活動し始めたのです。
 
 父はほぼ毎日でしたが、私は一日おき。一つ買って、翌日食べます。いわゆる「パン屋さん」で買ったものではなく、普通にスーパーに売っている袋入り、原材料もなんだか色々入っちゃっている菓子パン。
 こんな気持ちに自分がなるとは思いもしませんでしたが、お昼に菓子パンがあるなと思うと、朝の散歩時なんかに、ちょっと楽しみなような気持ちが微かに上がるような感じがするのに気付きました。

 父は、あんぱん・クリームパン・ジャムパンという定番3種を用意してあって(母が買っていたのかもしれない)、中でも一番のお気に入りはクリームパンでした。
 わたしは、あんぱん・クリームパン・チョコパンです。ジャムパンはありません。ジャムパンて、どうしてまだ生き残っているのか不思議に思うものの一つです。細長いサンドロールという各種味のバラエテイ豊富なあの菓子パンも、ありません。あのパン、好きな人多いです。安売りしているからなのかな。わたしも手を伸ばしそうになることありますが、中のクリームが甘くどいのを思い出して引っ込めます。

 今時スーパーには、なんとまあ様々な菓子パンがあることでしょうか。これらどれもちゃんと売れているのかなあと思います。
 しかし銀チョコって菓子パンは、近頃見ません。懐かしい銀チョコ。あれも甘いけど、あったらきっと一度は買ってしまうです。


 父も菓子パンを食べる前に、ちょっとうれしい気持ちとかあったのだろうか。
 母は、「お父さんは食が細くて痩せてたから、菓子パンは栄養補給でもあっただと思うよ」と言っています。




 


 

今日子の朗読

 映画『秋刀魚の味』の中で、いいなと思ったのは、岸田今日子です。若い岸田今日子でした。27歳位という設定で、トリスBARのママの役でした。可愛らしかったです。自分が男だったら、岩下や岡田より、愛嬌や柔らかさのあるこの岸田を好きになるなと思います。


 CDの『銀河鉄道の夜』を聴きました。
 岸田今日子の朗読でした。
 とてもいいです。

 宮沢賢治の代表作でもあるこのお話、何度か本を開きはしましたが、私は最後まで読めたことがありません。正直半分も読めたことがありません。何が合わないのかわからないのですが。けれども、朗読なら大丈夫でしょうということで聴いたのです。
 無事に最後までちゃんと聴き終えることができました。岸田今日子のおかげです。
 途中意識が離れ、眠気が襲ってくることも何度かありましたが、朗読が上手いので飽きることがありませんでした。聞きたいと思いながら聴けたのです。一人で地の文から、登場人物の老若男女何役もこなしています。本当に上手い。間違いなく”芸”です。そういえば岸田今日子はムーミンでしたね。

 昼間に一枚目のCDを、菓子パンを齧りながら聴きました。
 夕暮れ時に2枚目を聴きました。今日もよい風があって、カーテンが波打つように揺れるのを眺めながら聴きました。

 雨の今朝、もう一度聴きました。よかったです。聴くごとに新しいことを考えるようです。



異民族

 20分迷って『釣りバカ』には手が伸びず、小津安二郎に決まりました。


 DVDパッケージの裏を読むと、『東京物語』が小津作品の最高とありましたが、選んだのは『秋刀魚の味』。これ観たことあるよなと思いながら借りました。若い岩下志麻が見たかったからです。


 観て一番の感想は、日本人の体形はなんと変わったことかということです。二枚目俳優の佐田啓二(中井喜一の父)もずんぐりしているが、なんといっても女性の体型です。岩下志麻も岡田まりこも足はむっくり五頭身。二人は20代半ばの設定だが、今時のその年齢の娘さんたちと比べると、一応TVに出てくる人々という枠で見ますが、まるで異民族です。
 この4,50年の間に、食べ物や生活様式で、こんなにも変わるものかと思います。
 色々が洋式になったのですが、そういえばこの映画の中でむむむと感じたところがあります。
 『秋刀魚の味』は昭和37年に出品されており、登場人物の小父様たちは、笠智衆をはじめ兵隊さんとして戦地へ行った人です。娘の岩下志麻の結婚式の時、花嫁はもちろん着物の花嫁衣裳。義姉の岡田まり子も黒留袖。でも父・笠智衆と兄の佐田啓二は燕尾服だった。戦争で実際戦った人でも、20年近く経てば、向こうの国の正装を着るのに抵抗感とかなかったのだろうか。


 若い岩下志麻も岡田まりこもまあ可愛かったが、お二人ともドスの効いた演技がはまる女優になられたものです。

 寅さんの御前様である笠智衆は、50代半ば辺りの設定。まだ枯れていない。
 鼻の下にひげを生やしている。だからなのか、やや寄り目に見えました。それがなんだかお近づきになれない気持ちにさせました。


 そして映画ハカセに質問したいのは、この映画のタイトルはどうして、『秋刀魚の味』なのかということです。



 
 

いまごろ  定番

 ダスティン・ホフマン、キャサリン・ロス、サウンドオブサイレンス。
 とくれば、映画『卒業』とすぐに分かる人は多いでしょう。

 この大変有名な名作を、昨日初めて観ました。


 ダスティン・ホフマンは、若い頃も年取ってもあまり変わらないですね。小柄となで肩のせいだろうか。

 冒頭のシーンを観て、タランテイーノの『ジャッキー・ブラウン』は、これをまねていたのか!と気づきました。
 花嫁をさらっていくラストは超有名ですが、そこまでの流れもダラダラしていないし、面白く観られる。
 一番気持ちが行ったのは、ラストのラスト。結婚式中だった花嫁のキャサリン・ロスをダスティンがさらって、通りかかったバスに乗り込み空いていた最後部の席に座った所。ほぼ老人たちという乗客から集まる視線。二人は後ろに遠のいてゆく教会を振り返って笑う。そして前を向く。曲が流れるが、二人は喋らない。キャスリンはちょっとダスティンを見たりするが、喋らない。
 その二人の顔を見ていたら、ちょっとした不安感というか、落ち着かなさを感じてしまい、もっとも残った場面として記憶されてしまいました。


 最後まで面白く観ましたが、こういう作品は、ちゃんと観なければという気持ちが出ます。それは時にやや煩わしい。

 寅さんはいいです。気楽です。食事中には最適です。もう毎日、毎夕食時はお決まりのように寅さんを観ています。一度観たのもまたゆっくり見直しています。
 昨日は中村雅俊と大竹しのぶが出るやつでした。この二人はまだまだ現役と言えますが、俳優たちの瑞々しく若い頃を観るのも楽しい。肌つやつやで目はキラキラ。この爽やかな雅俊青年は、のめぬったりした歌い方をするおじさまになってしまうのだなあと思ったり、可愛らしい20歳の大竹しのぶの所在無いような口半開きはあまり変わらないなと思ったり。
 その他脇役たちの達者な芸も寅さんに残る宝でしょう。そして観るごとに寅さん、渥美清が、いいなあと思えてきます。寅次郎の救いようのないどうしようもない性癖が、渥美清の眼に出ていたりすると、すごいなあと思ったりします。

 毎日観ているので、そろそろ再鑑賞も終わりが見えてきています。

 寅さんが終わったらどうしよう。
 まだ観たことのない釣りバカ日誌あたりに手を出してしまうかもしれない。




 

プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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