refreshing

 今朝はなんという気持ちの良い朝。


 昨夜は蒸し暑くて、6月に入るところだというのに団扇ではたはた自分に風を送りながら寝た。
 
 そして今朝。

 6時前の日曜日。車通りも少なく、静かな朝。
 
 半袖で外に出ると、なんとも気持ちの良い風がふぁーふぁーと、頭や腕にふれながら通り抜けていった。
 この時期この時間にしては、やや強すぎるように見える日差しがしっかり降り注いでいたが、風のおかげでただ爽快。
 しっかりした日差しは、正面から浴びるとまぶしいし暑く思えるが、背後から注がれるのはなかなかよろしい。
 後頭部から背中にかけて暖かくされる。
 この日差しと気持ち良い風に触れたら、悩める日本人の中の何人かは、安らぎや活力といったものを身体の中に感じることができるのではと思う。

 

 活力といえば、こないだの期間労働中、私に活力を与えてくれていたのは、やはり食べ物だ。

   オムレツ


 兄貴が朝時どき作ってくれたオムレツ。卵は2個半くらい使っている。
 この中にはチーズが入っていて、出来立てを食べると、そのチーズがとろ~んと糸引くように伸び、「わあ!」と歓喜の声をあげる人もいるのだが、私は冷えたものを食べるしかなかったので、「わあ!」は言えなかった。それでも兄貴が自分のためにフライパンを揺すり、火加減を確認しながら丁寧に作ってくれたオムレツは、とてもうれしく美味しかった。

 朝はこのオムレツか卵2個の目玉焼きを兄貴は作ってくれた。
 そして昼は親子丼とか、牛丼に卵を落として、またはオムライスなどということがあり、私は1日に卵を3つも4つも食べるという、これまでの人生の中でまぎれもなく、最も卵を沢山食べた期間だった。
 肉もいっぱい食べた。それもいつも殆ど食べない牛肉が多かった。
 元気に乗り切れるか少し心配したところも実はあったのだが、卵と肉とそしてやっぱりお米のおかげで、私は時に12時間の労働も、無事に笑顔で乗り越えられたのだ。


   。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。

 
 さて、今読んでいるのは、小川洋子の『妊娠カレンダー』。

 だいぶ前の作品で芥川賞受賞作だが、まだ読んでいなかった。

 3篇収められているが、面白く読んでいる。静かで面白い。観察力と想像力、創造力、表現力。この人は文学部を出ているが、理数的なものが好きなのだろうか。『博士の愛した数式』もあったし。
 読んでいると、江国香織を思い出したが、あちらはより文学部っぽく、「江国香織的」といった感じがある。


 『妊娠カレンダー』には、食べ物のことがたくさん出てくるのも、私には楽しい。
 2篇目にお菓子が色々出て来たので、食べたくなってしまった。苺のショートケーキ、アップルパイ・・・
 自分で作るのはちょっと手がかかるし、部屋が暑くなる。
 買い物に行ったついでにスーパーおやつ(スーパーで売ってるおやつ)を簡単に買ってこよう。
 そうして足りない分は、夜にアルコールで楽しもう。
 今夕は朝散歩で摘んだミントをライチのお酒に入れて飲む予定。






    

死神 生命

 二人の死神に遭遇しました。


 一人は男で、朝の散歩時でした。

 死神は車通りの少ない車道のほぼ真ん中をゆっくりふらつくように歩いていました。背後から太陽の光を浴びていたので、始め、顔など様子ははっきりしませんでした。
 死神の後ろから来た車は、クラクションを鳴らすことなく、死神を避けるようにカーブを描いて走りました。けっこう大きなカーブでした。 

 私は死神とは反対側の、道の端を歩いていました。死神に向かって歩いていきました。

 3,4メートルの距離に近づきました。顔はまだよくわからないものの、死神がこちらにはっきり顔を向けて私を見ているのはわかりました。
 
 そうしてもうすれ違うよという時、死神はしっかり私をその目でとらえて、力強くはないがわりとはっきりした声で「おはよう」と言いました。
 私はその時点で、これは死神だと分かったわけです。

 死神は、真っ白い顔をした干からびたようなお爺さんでした。まったくほんとに血の気のない白い顔でした。眼球の白目は青いようでした。着ているジャージは上下白っぽい灰色でした。本当はもっと濃い灰色だったのが、死神さんが着ることによってだんだんと白っぽくなったのではないか、と思えました。袖口から出ている手も、正しく白く、干からびていました。

 「おはようございます」私は、至って普通の声で言いました。死神さん、とちいさい声で言いました。


 少し行った所で私は、振り返りました。
 死神さんは変わらぬ調子でふらふらと、車道のほぼ真ん中をゆっくり歩いていました。私の方を振り返って見ることはありませんでした。でも死神さんなので、私が見つめていることはわかっていらっしゃるのではないか。そう思いました。



 もう一人は女の死神でした。こちらは昼近く、歩いて買い物に行った帰り、公園の入り口。今度もまた4すれ違うかたちです。

 最初に言ってしまいます。この死神は、お婆さんです。
 こちらの死神は白くなく、土気色の肌でした。日差しが強かったからか、帽子を被っていて、それは死神としてどうかとも思いますが、しかし同時に、お婆さんを死神とさせる小道具として、その色褪せた細かな花柄の、というか花柄だったというような帽子は効果的に働いているようにも思えました。朝見た爺さん死神ほどにはまだ、立派な死神ではないのかもしれない。けれどもそのお婆さんから発せられている気は、あたしは死神だよ、と私にしっかり伝えてきました。

 婆さん死神は、横目でチラとこちらを見ました。それだけでした。だから私も、チラと死神を見ただけでした。
 その時、辺りにも何も物音が無く、まったく静かに死神と私はすれ違いました。


 二人の死神に、しかも男と女の死神に今日は会ったな、歩きながら思いました。
 ふと、自分の腕が目に入りました。これはあるいは、自分も・・・

 ある人は、私を見て、やや若い死神だと気づくかもしれません。


 。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。  。。


 一方、今日は命を感じる日でした。

 まず、再び朝です。

 白髪の小父お爺さん(おじさんとおじいさんの中間くらい)が、自転車に乗って行くのを見ました。
 小父お爺さんは、頭は真っ白でしたが(真っ白と言えるくらいに髪の量はありました)、デニム生地の短パンを履いて、足元はビーチサンダル。乗っている黒い自転車は車輪が大きめで細いロード用らしいもの。
 しかし兎に角私の視線が直線的に向かったのは、小父お爺さんの太ももです。デニムの短パンから伸び出しているその足は浅黒く、筋張り締まっており、頼りがいのある太さも申し分ない。
 その太ももでこがれる自転車は、「サーッ、サーッ”!」と言って、かけて行きました。まさに”颯爽”という言葉がぴったり。
 
 私は、生命を感じました。


 それから配達に行く途中で、小学校の校庭から声援が聞こえました。運動会をやっていたのです。
 聞こえてきた集団の声は、声援というより絶叫というのがふさわしいものでした。リレーか何か、熱狂する花型の種目が行われていたのかもしれません。それを聞いたときも、「生命だ」と思いました。


 家に帰って、爪を切りました。わたしは生きているな、と思いました。

 寝っころがって、風に膨らむカーテンを見てまた、生きているんだなと思いました。


 いのちを感じるのは、死神との遭遇効果かもしれません。






 
 

 
 





 

回復に効く

 少ーしだけ忙しかったのと、暑い日が続いたからか、夜中トイレに起きて再度寝入るときに、なんだか身体が疲れているようだと感じた。

 
 疲れを取り除き、なおかつ身体の深部からみなぎるような力をむくむくと作り出してくれるような何か、それを一粒あるいは適量飲めばそうなるようなモノはないかなと考える。

 シジミエキスのカプセルとか・・栄養ドリンクとか・・・、思いつくものはあるがそれらを買って飲もうという気にはならない。そこまで疲れていないからだろう。もっと身近に手軽にないものか、と考えていたらいつの間にか再びの眠りに入っていた。



 で、今朝それを発見。

 生卵です。
 正確に言うと、生卵の黄身です。

 
 今朝まだちょっと疲れが残っている状態で、それでも散歩をしラジオ体操をし、ちょろちょろと様々な片付けごとをし、腹ペコになって朝食を整えた。
 白ごはん、具だくさん味噌汁、自家製佃煮、そして生卵。

 最初はまず味噌汁を飲む。やすらぎ。味噌汁は心を落ち着かせてくれる。

 そしておもむろに、つやつやと白く光るご飯の真ん中にきれいに落とした黄身に箸を差す。しょうゆとか、何もかけない黄色のままの黄身。一口目は、ご飯に対して黄身多めで口に運ぶ。

 「!!」

 これだ。黄身だ。と思った。身体でも思った。


 激しい疲労の回復や、長時間の労働に備えるといった向きには、卵の黄身ではやや力不足かもしれないが、手軽で気軽でわたしにはちょうど良い。
 すっきりしようと昼間に飲んだコーヒーや、昨夕飲んだビールでは一時的にわからなくなるだけだった疲れも、このわずか約20gの黄身によってどこかへ行ったようだ。単なる黄身好き、ではないと思うが。

 因みに白身のほうは、味噌汁に入れます。




寝覚めが悪い

 夢を見ました。二つ見ました。


 夢の中には、幸薄そうな間延びした顔のぱっとしない女がいました。
 女はただ座っていました。やや斜め横を向いた感じで正座していました。
 女は60才くらいで、眼鏡をかけていなかったし、髪の毛はパーマをかけたような短髪でした。
 ちっとも似ていないけれど、女は私でした。私の感情は女の中にありました。

 その夢は、女の髪の毛がただ薄くなっていくというものでした。
 フワフワした髪の毛が、次第に薄くなっていく。
 地肌が透けて見えてきて、女の顔は少しばかり悲しそうになったように見えました。
 感情は確かに女の中にありながら、私の眼はこちら側にある。
 そして私自身は、どうしようもないような、途方にくれるような気持ちになりました。


 もう一つは、これがまた楽しいの反対側にある夢。

 私の両腕がありました。手先から肘までです。
 私は、手首から肘にかけて刃物で縦に3本、切り込みを入れました。血は出ませんでした。
 それだけです。
 だいぶ時間が経った今、こうして書いていても心持よくなりません。
 目覚めた時は、いつになくどんよりした気分がありました。



 このような夢を見るに至った原因はどこにあったか。

 昨日日中起こったことで、あまり日常的ではなかったのは、やけどをしたことです。
 紅茶を淹れようとしたときに、ヤカンで沸いた熱湯を自分の手にぶっかけました。テイーバッグの紐を押さえながら湯を注ごうとしていた私は、気をつけないと手に熱湯をかけるなあと思っていたのです。思いながら思った通りにぶっかけた。
 注意力の問題だと思うのですが、私は時々こういうことをやらかします。
 兎に角、それほど酷くはなかったですが、やけどをしました。

 もう一つ考えられるのは、寝入りに読んだ本です。
 筒井康隆の『七瀬ふたたび』。 そのラスト。血みどろの戦い。


 ・・・薄毛というのは・・・・。

 近頃髪の毛薄くなってきたかなあ。





 
 
 

 

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眠って歩いて食べて  


 めずらしく結構大きな仕事を終えたので、昨日は風呂上りにひとりビールで乾杯。もらった外郎を食べたりなどして満腹。

 食後に借りてきた映画を見ようと思っていたら、始まってすぐに眠くなり、話が展開していく前、まだ空に明るさが残るうちに寝てしまった。


 今朝は普通に起きて、緑茶をゆっくり飲み、ラジオ体操、そして散歩。

 ある地点に行くと、何とも言えず爽やかな香りがする。きょろきょろしてみても、発信元と思われる花などの姿はなく。しばらく前からきょろきょろしているのだが、今日はそれかもと思われる蜜柑と思われる樹を見つけた。少し離れたところにあるので、花のあるなしまでははっきり見えなかったのだけど。

 それで、♪み~かん~のは~なが~ さ~いて~いる~ と歌いながら歩いていると、背後から体格のいいおじさまが、追い越して行った。白いTシャツとテラテラ素材の黒いジャージを履いたおじさまは、左手にペットボトルを持っていた。炭酸水と書いてある。でも中身はきっと水だろう。おじさまはきっと、晩酌にハイボールを飲んでいるのだなと思う。


 味噌汁がおいしい簡素な朝食を食べて一寝。窓を開けていると、風が肌寒く感じられる。向かいの大きなマンションの方から、何やら作業をする大人たちの声。住民によって年に2回ほど行われている模様の、植木の刈り込みなどをやっているのだろう。いい季節だ。


 買い物に歩いて出たら、日傘を差したおじいさんとすれ違う。
 おじいさんは川向こうの喫茶店をじっと見ながら歩いている。色褪せた黄色いシャツを着たおじいさんは、レースのついた黒い日傘を差していた。私は一度だけおじいさんを振り返ってしまった。私はほほえんでいた。


 暇なので、スーパーの中もゆっくり周る。日曜日の午前中は人が多かった。
 お昼になんとなく甘いものが食べたいと思って、あまり期待せずにクリームパンを買った。
 
   予想通りクリームパン


 菓子パンを買うなんてクリームパンを買うなんて、どれくらいぶりか、思い出せもしない。

 安いパンだったが、包装してあるビニルがちょっと変わっていて、へえと思った。
 味は予想通りよりわずかに劣るくらいだった。ちょっと笑った。そのクリームパンと、そのクリームパンを買って食べている自分に笑ったと思う。


 紅茶を飲んで、また一寝。

 

 ほんとにいい季節だ。




  

癖が付く


 期間労働の山奥の地から無事生還。

 有難いことに霞のような弁当屋を覚えてくださっている方があり、弁当作りも再開しております。


 山奥の地で働くのは、私を含めたった3人+パートのおばちゃん。
 私を除く中心メンバー二人はともに男性。
 そしてこの二人はどうしてもという時以外は、一切話をしないという関係だった。

 一日あった休日に私を車で1時間以上行った街にある居酒屋に連れて行ってくれた若い兄貴。仕事は真面目にばんばんにこなすこの兄貴に、私は大変世話になったのだが、兄貴は「今が職場ストレスの人生どんぞこだ」と言っていた。理由はもう一人のおじさん職員にあった。忙しい連休中、睡眠時間のほとんどない毎日を送っていた兄貴は夏に結婚される。職場も変われるかもしれない。どん底まで来たらあとは上り坂が待っているはず。兄貴に幸あれ、と思う。


 そして忙しい連休中もちゃんと寝ていた私だが、山奥で日常だった昼寝の習慣が、山を下りてからも続いている。
 山ではだいたい1時間寝ていた。降りてから2,3日はやはり1時間寝た。
 もう少したった今は20分くらい。
 できることなら朝昼の食後に30分くらい横になるとよい、と何かの本で読んだことがある。

 朝食後はヒマな私も横になることはないが、最高気温が真夏日になってもまだ真夏にはならないこの季節、窓を開けて風を感じながらごろりとねころびまどろむのは、気持ち良いものだ。



プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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