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夏期期間労働へ

夏の期間労働へ向かっております。

蒸し暑い名古屋から逃げ出し、9月末まで高原キャベツを食べながらの避暑労働です。


先日の徳林寺朝市にお越し頂いたお客様ありがとうございました。次回は10月の朝市でお目にかかれるでしょうか。


猛暑の中で過ごされる皆様、お身体御自愛ください。
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新しい

 先日実家に何日か帰っていました。


 実家にいるのは今、母一人。

 母は認知症とはまだ無縁ですが、母から聞く話は、「それ前に聞いた」ということがけっこうあります。まったく同じではなくても、同じ人についての同じような話とか。もう何十年付き合っているわけですから、こちらにも、新しい話が出てくるかも等という期待もありません。


 ところがだけども、今回、新しい話が母から聞けたのです。
 

 一つは俗っぽいですが、好きな芸能人について。

 「芸人ではナイツがけっこう好き。」
 これは「ふうん」という感じでした。無難と言えば無難な線だ。


 「俳優では西島秀俊が好き。」
 こっちは「へえー」と声が出ました。

 西島って、それなりに色気もある俳優だ思うので、それがその方面では固いと思われるしかもいい年を越えたような母が好きだというのが、意外だった。
 「西島って身体すごい鍛えとって筋肉もすごいらしいよ」と私が言ったことについては、黒柳徹子さんとは違い、特別な反応は示さなかったです。「落ち着いている感じがいい」ということでした。

 俳優では妻夫木聡もいいと言いました。妻夫木も色気はありますが、好青年という感じが強いので、こちらはある線でしたね。



 もう一つは、味噌汁のことです。

 我が母は、特に料理については、ほんとうに細かいことを気にしません。
 毎日使う包丁は薬局のポイントを貯めてもらったやつだし、ご飯を炊くときも浸水とか全然考えない。もちろん調理する時の調味料はテキトー。これは上手い人ならいいのですが、大概が濃い味、時に濃すぎる結果になる。

 
 で、味噌汁というのは、よく知られていることだと思いますが、味噌を入れたら煮立たせてはいけません。味噌の風味が飛んでしまいます。けれども、母は大概「グツグツグツグツー!」と煮立たせている。今回の帰省中も、毎朝、「グツグツー!」を、わたしが「ああ!」と思って止めていたのです。

 最後の朝も火を止めにわたしがかけて行ったら、母は言いました。
 「味噌汁を煮立たせちゃあいかんことは私も知っとるよ」
 ふつうな感じで言いました。


 「エエッ!」と、わたしは言いました。
 

 こういうようなことを聞くと、母は母というより人、さらに進んで生き物、みたいな感じで見られる。

 けっこうおもしろい。


   。  。  。  。  。  。  。  。  。  。  。


 明日はほんとに暑くなりそうですね。

 徳林寺朝市、お店の方々もけっこう早めに来られているので、お客さまもカンカンになる前にいらっしゃるとよいかなあと思います。

 お待ちしております。






 



対談つづき

佐野洋子対談集 人生のきほん佐野洋子対談集 人生のきほん
(2011/02/04)
佐野 洋子、西原 理恵子 他

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だいたい生きることがそんなに価値あることか、と思う。




 『100万回生きたねこ』の作者、佐野洋子さんと、興味ある二人それぞれとの対談集。

 冒頭の言葉は佐野さんのもので、これは臓器移植してまで生きよう生かせようとする人などのことについて話している所で出てきたのだが、「こんなんでいいのかなあ」と思いながら至って呑気に生きているわたしには、なかなかに心強くされるものだった。


 自分の家族を持たないわたしには、よくわかることのできない子どもの話などもあるが、よくあるとは言えない人生を過ごしてきた西原理恵子との話はとくに面白くて(リリーとの話は、『東京タワー』で読んだ内容もけっこうあったからそれほど新鮮に感じられなかったということもある)あっという間に読んでしまった。

 佐野さんはエッセイストでもあるので、絵本でない本も出しているが、やっぱりこの人の書いた絵本をもう一回読み直してみたいと思った。



 これの前に読んだの

   
「すべてを引き受ける」という思想「すべてを引き受ける」という思想
(2012/09/28)
吉本 隆明、茂木 健一郎 他

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 こちらは集中して言葉を追っていかないと、それでもなかなか話されていることに追いつかない、知らないうちに頭の中が白くなって動きを止めたまま目だけが字を追い続けているという状態になっていてハッとする、という対談だった。
 このように自分の能力を超えていて己の中にうまく取り込めない話を読んだり聞いたりすることも、何かしらのよい作用はあるのだろうか。と思ったけれど、わたしはかなり何でもすぐに忘れてしまうので、どちらにしても意味ないかも。


 吉本隆明氏の顔がいいです。1枚しか載っていない写真のこの人の顔を観て読んでみようと思ったのだ。
 対談当時すでに80を越えていたので、それなりに長く生きてきた人というのもあるかもしれないが、そばで見たら、それだけではない人というのがわかる気がする。・・・や、ただのよぼよぼした爺さんがいるなあと思うだけかも。そう思わせといて喋りだしたら、「親鸞は・・・」とか「マルクス主義は・・・フーコーは・・・」とポンポン出てくるというのが、この人の素晴らしい所の一つかもしれん。

 半分くらいしか生きていない茂木健一郎氏は、まだつるんというような顔だ。
 そう思うと、写真撮影当時茂木氏と同じくらいだった西原理恵子の顔、いいなあ。リリーもいいなあ。

 は、あともう少ししたら自分がその年になることに気づく。

 誰よりも実の無い顔だろう。実の無い顔で、実のない中身。
 そうであることに、あっても仕方のない自信、けっこうある。



 (佐野洋子氏は、やさしくてつよい顔)








  


  


 
注文の多い注文書 (単行本)注文の多い注文書 (単行本)
(2014/01/23)
小川 洋子、クラフトエヴィング商會 他

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  1番目の注文書の話がわたしは最も気に入った。


 「ないものあります」っていう謳い文句を見つけたら、自分は何を注文するかなあ。

 それを考えることで、けっこう時間がつぶれる。




 

7月徳林寺


 12日(土)の徳林寺つながりの朝市に出店します。

 台風が過ぎた後の暑い日になりそうですね。

 8,9月は出店できないので、夏最後の出店です。(ちなみにお弁当は9月いっぱいまで夏休みです)


 セロリ師匠の作品とご飯とお菓子を持っていきます。

 お寺には木も多いですが、帽子など暑さ対策をしていらしてください。


 皆さまのお越しをお待ちしております。


鏡の中に

実家のお風呂には、入って正面にわりと大きめの鏡がついています。

昨夜入ったら、アルビノのアフリカンの婆さんが鏡の中にいました。

一年前は確か、干からび気味のカメムシがいたな、と思いながらゆっくりお湯に浸かりました。

何することもなく考える

プイ~ンという不快な音に聴覚が反応した瞬間ガバッと起きた。


蚊の羽音というのはどうしたって嫌な音だが、あれが例えばフルートとかハープとかチェロ等のつまり音色のようになったとしたら、私たちの反応はどのようになるものか。
例えば少し覚醒しつつ寝ている時にその蚊の音色が聞(聴)こえてきたら、再び深い眠りに入っていくかもしれない。
その音を聴きつつ刺されたら腹も立たないかもしれない。穏やかな気持ちで自分の血を吸う蚊を受け入れてしまうかもしれない。


進化というのは何が起こるかわからないものである。

ガリバー

エレベーターの狭い箱にわたしを入れて八人いました。
男三人女五人。
すぐに違和感を感じました。
わたしが一番背が高かったからです。みんなわたしの肩位しかなかったのです。因みにわたしの身長は156cm弱。
高年層だったということもあるでしょうがしかし、これは初体験。気分がいいというよりなんだか変な気分でした。

ほんの何cmか小さい人々に囲まれただけでおかしな気持ちが生まれるのだから、自分の足位しかない人間に囲まれたガリバーはよっぽど以上によっぽどだったでしょう。
ガリバーの気持ちにちゃんと思いを巡らせたのも初めてでした。

想像で

 村上春樹の小説に出てくる食べ物は、サンドイッチ、スパゲッテイ、トースト、サラダ、コーヒーが多いのはよく知られています。

 登場人物はすごく簡単にそれらを作って食べているのだが、それを読むと自分も無性に食べたくなる。


 ここのところ読んでいた短編集には、トーストとコーヒーが多かったので、毎日または毎朝、「明日の朝(または今日)はトーストがいいなあ」と思い続けました。けれども私はパンを買いおく習慣がありませんし、トーストを食べるためにパン屋へ行くという気持ちはなかなか生まれないものでもあり、他の買い物のついでにスーパーでパン売り場へ寄ってもいいのですが、そうすると何故かパンを買うという気持ちがなくなることが多いのです。


 それで結局どうするかというと、トーストを食べるところを想像するわけです。

 村上春樹の小説で食べられるのは、あまり厚くないどちらかというと薄切り目のトーストな感じがしますが、わたしの想像の中で焼かれるのは、4枚切りくらいの厚切りのトーストでございます。家にはトースターがないので、焼き網で焼くのです。

 片面を焼き、返したらばその焼けた方にバターをちょこっとのせます。バターが付いてないところも食べたいので、部分的に染み渡る量のバターです。その時の気分によっては、両面焼きあがったときに間髪入れずバターをぽんとのせてもいい。

 しかし今、家にはバターもありません。
 でも大丈夫。
 水切りしたヨーグルトがありました。それに、手づくりのママレードもずっと出番を待っています。なんならオリーブオイルを付けたって美味しいでしょう。



 というふうにして、美しい焼き色がこんがりと付いた香しい匂いのする厚切りトーストを、想像の中でわたしは食べるのでした。
 コーヒーをインスタントで美味しく飲んだのは、想像ではありません。





 
 アベリアの花がうっすらとしかし濃度のある匂いを発している。

 日中ひじょうに暑い。


 エアコンを持っていない哲学少女は、「夏は全裸で過ごす」と言っていた。

 エアコンはあるけど殆ど使わないわたしは、暑いと思いながらまだ、裸族になったことはない。ひとりなんだから気楽にできるはずだが、見えないくらい低いのだけれど気持ちの障害物があるのだろうか。
 できれば丸坊主にしたい。頭の形がかっこよければすぐにでも刈る。


 今日は夏前最後のお弁当配達で、初めて伺ったお客様だったが、お宅に行った所、ヴァイオリンの練習をしていらっしゃった。配達先で楽器の演奏が聴こえたのは初めて。
 演奏はすぐに終わり、出てこられたお客様はたいへん溌剌とした、何にでも興味を持っていきそうな楽しい感じの方だった。ちらっと見えてしまった奥にピアノもあったので、今日集まられたお友達の皆さんで共演とかするのだろうか。すてきなものだなあ。




 今日のひとこと
   ”野望”とはなかなかいい言葉だと思う。



 



 


 
 

プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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