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朝採り野菜で




 茹で落花生。

 

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 万願寺とうがらし。



 落花生茹でたのは、初めて。食べたことは一度だけある。

 海水くらいの塩水で茹でると聞いたのでやってみた。

 茹で時間,蒸らし時間が長かったか、使った塩の関係でか、ちょっとしょっぱくなりすぎ。残念。

 実がやや小粒なのもざんねん。


 「辛いよ」とおばさんは言っていたが、しっかり甘みのある万願寺とうがらしだった。

 柚子醤油でさっぱりおいしくいただく。
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乾いた風とほこりっぽさ


 何やかやで約2週間ぶりの早朝ウォーキング。

 半袖短パンは、長袖長ズボンに代わり、厚手のタオルを首に巻く。


 手をブンブン振り、けっこう速いスピードで歩いても、寒さでぞぞけだった肌は、なかなか和らがなかった。


 いつもの35~40分コースの復路、背中に当たる日差しがとてもうれしくホッとした。


 ついこないだまでは少し歩いて汗ばむほどだったのに、うかうかしてるとそのうちあっという間に冬が来ちゃうんじゃないか。


 台風後の晴れた午後、風がとても気持ちよかった。

 車を運転しながらその乾いた風と、なんとなく鼻の中がほこっりぽくなるような感覚で、運動会の日を思い出した。

 今時は、春に運動会をやるところも多いみたいだけど、自分の運動会の思い出は、自分が子どものころも、教員をしていたときでも、やっぱり秋の空の下。青い蜜柑。

 昼間の日差しと秋風でさらさらになった肌と、運動会が終わった後の鼻の埃っぽさ。

 夜はぐっすり眠り(子供時分)、あるいはお疲れ様の宴会でビールや日本酒を酌み交わしたことまで思い出された。

異物

 異性の体型ではどちらかというと痩せ型が好みですが、デブが嫌いということもありません。

 けれども最近、世に言うビール腹の人を見ると、人間でないものを見ているような気になります。

 人間でない、は言いすぎかもしれませんが、あの腹を構成しているものは正常な動物の組織ではないと思います。

 なにをもってそんなんなっちゃったの。

 
 あ。

 自分のわき腹二の腕下っ腹の肉。

 ちょっと正常な動物でないようです。

 

甘いものを食べる

 の夏は猛暑続きと節電で、みなさんアイスクリームなどをいっぱい食べて太った人がけっこういるらしい。


 アイスクリーム、この夏食べたのは一度か二度。

 好物とも言えたものであったが、まったくと言っていいほど欲しなくなった。

 アイスクリーム売り場でその姿を見ると、「おいしいかなあ」と思ってしばらくその辺をウロウロしてしまうことはまだあるのだが、手は出なくなった。

 アイスを食べた後の口の中の甘ったるさを、鬱陶しいものとして、なんとなく想像してしまう。そして「いらない」と思うのだ。

 働き始めた頃、朝ごはんは甘いものだったことがある。饅頭や菓子パンなどだ。

 あんこは変わらずに好きだが、ああいった甘いもの(店で買ってくるような)は、ほんとに食べなくなった。

 
 その代わり、と言ってはナンだが、「チョコレートを食べたい」と思うことが多くなった。

 ちょっと前まで、チョコレートはあまり好きじゃないと思っていたのに。

 こういうのも、年齢に伴う変化なのだろうか。

 だから、チョコレート売り場でも、しばらくウロウロする。

 チョコレートが好きでなかった頃は、チョコレート菓子、つまりビスケットやクッキーといったチョコじゃない部分があるものの方が食べやすかった。
 
 けれども今は、シンプルな板チョコ。個別になったものでもよいが、形は板状がよろしい。(丸っこいのはどうも・・・)

 その、苦味が利いたやつをちょこっと齧りたくなるときがあるのだ。


 ウロウロ・・・

 そして、やっぱりこれも結局買わないまま終わる。

 なぜかと言うと、思うに、チョコレートを買い慣れていないから。


 そういったことで、家には買ってきた甘いものというのはほとんどいつでも、ない。

 甘いものが食べたいときは、作ったおやつ、それもない今は、レーズンの消費量とヨーグルトにきな粉メイプルシロップがけの登場回数が急にUPする。

実でなく花を



 ベランダのピーマンが、まだ蕾をたくさんつけています。

 けれども、それらは、ずーっと前から蕾の姿をしているのです。

 なかなか花にならず、ですから実にもなりません。


 写真の赤ピーマンは、やっと実になったものの大きく膨らまずに小さいまま赤らんでしまいました。

 熟した赤ちゃんです。


 肥料をやってもみましたが、あまり期待はしていません。

 ただ、ピーマンの白い花だけでも咲いたらいいなあと思っているところです。

 

痕(あと)

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 うっすら残る、リストカットの痕。

 カットしたのは7月のことだ。

 傷の治りが異様に早いワタシであるが、この痕はこんなふうにまだ色づいて残っている。


 真夏の昼間、汗をだらだら流しながら彫刻刀で木を彫っていた。

 もうそろそろ止めようかなあ、と思っていたら、切った。

 スッと切れた。

 手のひら側から腕に向かってという、非常に素人っぽい切り方だった。

 紫色の部分が肉の裂け目から見えていたが、血はそれほど出なかった。

 だから簡単にバンドエイドをして、気分を変えようと買い物や図書館に出かけた。半袖シャツで。


 いや、なんとなく人の視線が気になりました。

 あからさまにじろじろ見る人はいなかったけど、自分の方が不要に気にしてしまうと言うのか。

 「リストカットだ、この人」と思われてるんじゃないかと。


 しかしこんなのも、しばらくすると忘れてしまうのだった。

 忘れた上に、ふと思い出したときには、「これはリストカットした傷なんだと思わせてやれ」などという気になってくるのだった。そうして、より傷跡が見えるように手を動かしてみたり。

 ばか者だ、ワタシは。

 と言ったって、この傷に気がついた人はどれだけいたか。

しかも気がついたって、「だからなんなの」である。


 あきれたばか者だ。
 
 

お茶をおいしく

 本人なので?お茶を美味しく淹れたいと思う


 家には師匠からいただいた美味しい煎茶の茶葉があるが、ほんとに上手に淹れることが私にはまだむずかしい。

 若くもないのにそしていちおう食に携わっているのに大変残念な話である。

 
 お茶を淹れるごとに毎回、自分なりに気をつけたり淹れ方を変えてみたりするもののなかなかうまくいかず、そこで、先日お茶の本を借りてきた。

  
日本茶ソムリエ・和多田喜の今日からお茶をおいしく楽しむ本日本茶ソムリエ・和多田喜の今日からお茶をおいしく楽しむ本
(2009/07/31)
和多田 喜

商品詳細を見る


 この本には、様々な茶葉それぞれの美味しい淹れ方が載っている。

 煎茶はとくに、基本、甘香り、じっくり、アイス・・・など数種類の淹れ方が紹介されている。

 私は甘さだけでなく渋みも少しは欲しいので、「じっくり茶」の淹れ方をさっそく試してみた。


 ひとり分のお茶を淹れるのに、茶葉4g,湯の量40CC,湯の温度は60℃,抽出時間は3分。

 今までのの自分のやり方と比べると、湯の量がとても少ない。だから茶葉がとても多く感じる。

 いつもはやらないが、スケールで茶葉の重さを量り、湯の温度も温度計でちゃんと計る。

 湯の量が少ないので、沸点までいった湯も、すーっと冷めていく。

 このスピードもいつもと違うのでやや焦り気味になる。

 急須に入れた茶葉に、静かに湯を注ぐ。

 3分。時計を睨む。

 待つ。

 
 よし、茶漉しを通して茶碗にだそうとしたら、お茶がなかなか出てこない。

 ちょろちょろちょろ・・・・・と、非常に細い緑色の流れが急須の口から苦しそうに出てきた。

 茶碗にたまったお茶はちょぼんと底のほうにあった。


 しかしこれは、きっと美味しいはず!

 と思い、まず香りをかぐ。

 ・・・いつもとそう変わらない?

 口に含む。

 しぶい。甘みは確かにあるが、苦い。渋みが強すぎる。



 急須の状態や、ワタシの行った淹れ方の何かがよくなかったのかもしれない。

 この本を書いているお茶ソムリエの人は、これできっとほんとに美味しいお茶を淹れられるのだと思う。

 料理にしても飲み物にしても、本の通りにはなかなかいかない。

 結局は自分で、日々ショウジンなのであるなあ。


 。 。 。 。 。 。 。

 わすれてた。

 お茶を飲むときには、姿勢をよくしなければならぬのだった。

 姿勢によって、舌の感覚が変わるのだそうだ。

 決して悪い姿勢ではなかったが、立ったまま飲んじゃった。


 いろいろと、心づかいの面で、日々ショウジン。


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 茶殻ともみ海苔、めんつゆで佃煮に・・・
 
 
 
 
 

 

 


 

虫へのあこがれ

 玄関を出て数歩歩いたコンクリートの所に、カナブンの死骸がある。

 それは、数日前からずっとそこにある。

 
 いつか風で飛ばされるか、クモやアリに運ばれていくだろうと思っていたが、もう一週間は過ぎると思うのに、まだ同じ場所にある。

 だんだんと足が丸まって、生前にはきっとつやつやと光っていたであろう緑色の身体は、緑色を残しているものの、その中身はもうからからになっていることがわかる。

 コンクリートでなく土の上だったなら、乾いたカナブンはいつかひっそりと土になっていくのだろう。


 虫って、えらいもんだ。と思ってしまう。

 死ぬときは、他の虫や動物に食べられるか、こうやって悪臭もさせずに干からびていく。

 ああ野生動物だってそうだよ。誰かの栄養になるか、誰の手も借りずに土に返る。


 自分が「いざ死ぬ」という瞬間に、虫になれたらいいのにと思う。

 誰の手も借りず、迷惑かけずに干からびて土になるのだ。


 時期が真冬だったらば、人のまったく行かないような雪山の中に入っていって凍死すれば、腐らずに死んで、雪解けてからゆっくり腐敗していくとしても、人が来ない場所なら迷惑はかからないかな、と思いつく。

 しかし、そのときに、雪山まで行く体力が果たしてのこっているのか。

 それに、自分の身体はうまくなくせたとしても、家や車や雑多な持ち物がいっぱい残る。やっぱり誰かの手をかけることになるのだ。

 人間て、ほんとに面倒。

 身軽というのはかっこいい。

 身軽=smart スマート

 虫はかっこいい。


 

カラスと。。。

 外で、お昼、バナナを食べた。


 サイモンフミの仏像入門をパラパラ見ながら美味しいバナナをゆっくり食べていると、左方向から気配を感じた。

 見ると、それほど大きくはないが大人の様子の一羽のカラスがいる。

 ワタシから目はそらしている。けれどもワタシは「ねらっている」と感じた。


 案の定、しばらくするとカラスはとまっていた鉄柵からぴょんと降りた。そして、ぴょこん、ぴょこん、とこちらへ向かってきた。

 そのカラスはでっかくはなかったが、カラスというだけでちょっとこわい。

 ワタシはゆっくり本を閉じ、残り少なくなったバナナを隠しながらカラスを凝視する。カラスはこちらに目は合わさない。

 ぴょこんぴょこん・・・とワタシの前方80センチの所まで近づき、一度止まると、そのまま右手方向へ再びぴょこんぴょこんと通り過ぎていった。

 「あれ」と気づいた。

 カラスの左足の爪の部分がおかしい。足首のところが後ろ側へ折れたようになっていて、ほとんど右足だけで動いていたのだった。

 カラスはワタシの右後ろへ周ったところでないかを見つけたらしく、つんつんとついばみ始めた。しかし、かなり近くにいるワタシの目には何が落ちているのか見えないようなものだ。おそらくパンくずかなにかだろう。

 ワタシはバナナを食べきってしまった。

 バナナを包んできた新聞紙を開くと、残ったバナナの皮と、1センチほどの果肉があった。

 バナナにかけられる薬品だかなんだかは、果実の上方1cmの部分に残るのでそこは食べない方がよい。

 最近そのようなことを知り、果肉上方1センチを食べないようにしたのだ。


 その果肉を、腹をすかせているらしいカラスの前に放り投げた。

 一瞬にして1センチのバナナはカラスの口の中へ。

 薬品混入バナナではあるが、以前はワタシだって平気で食べていたんだし、見えないパンくずよりはいいだろう。


 その後カラスとワタシは、1メートルの距離を保ってしばらく静かにいた。

 
 わずかではあるが心通ったように思えたカラスは、ワタシが立ち上がった瞬間に、パッと飛び去っていった。
 

 

年に一度

 すぎうら珈琲店へ、モーニングをいただきに行きました。



 このお店は、ずっと前から知っていましたが入ったことはなく、その後お弁当のお客さんから「すぎうら珈琲店のモーニングはおすすめ」と聞いて(聞いたのもけっこう前の話になりますが)、行ってみました。


 柔らかい上品な感じのお母さん(おばあさん)と、娘さんか分かりませんが細身でちょっと翳のあるような女性とお二人でやっていらっしゃいました。

 客席は禁煙で、カウンターと6つほどのテーブル席があり、常連のお客さんらしい方が入れ替わり立ち代り来ました。けれども、店の中はゆっくりした雰囲気で、ずいぶん長いことくつろいでいるようなお客さんもいます。

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 ブレンドを頼みました。

 注文のとき、お母さんが「ブレンドでよろしいですか?」と先に聞かれたので、やはりブレンドを頼む人が多いのでしょう。

 カウンターの向こうの壁には、色々な柄形のカップ&ソーサーが並べられています。
 お客さんを見てカップを選ぶのかな?と思いましたが、ワタシに運ばれてきたカップと、後に入ってきたご夫婦の奥さんのカップはおんなじものでした。
 これはモーニング専用女性用のカップということかもしれません。

 

 厚切りトーストにしっかり塗られたバターの塩味はなかなか強かったですが、日頃あまりバターを食べない自分にはそう感じられたのかもしれません。
 その他、ゆで卵にこふき芋、キャベツの千切りドレッシングかけ、オレンジゼリー。

 おいしくいただきました。

 珈琲もすっきりした感じで、「おいしいなあ」と思いました。

 珈琲のことはよくわかりませんが、感じのよい珈琲でした。

 お店の奥に焙煎室があり、自家焙煎されているようです。


 いただいている最中、お店にあるわりと大きな観葉植物を業者の人が取替えに来ていました。

 店の外に並ぶ鉢植えもきれいに手入れされているようでした。

 こういうところまで気持ちが届いているのは、よいお店だと思いました。
 

 

食と農業そして哲学の本

    
自然農法わら一本の革命自然農法わら一本の革命
(1983/05)
福岡 正信

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気配

 ーしぶりに朝歩きました。


  真夏よりも30分ほど遅めの5:50AM.

  表へ出ると、空の青さとスッキリハッキリとした陽の光は、少しの疑いもなく今日は晴れだと伝えてきます。

  長袖シャツと短パン、首にタオルを巻いて出ましたが、最低気温16度の冷えた空気に鳥肌が立ちました。

  おもわず駆け出します。


  腕をぐるぐる回したり、指先をぐうぱあぐうぱあやりながらゆっくりしばらく走ると、身体があったまってきて短パンのこすれる部分や絞め付け部分が痒くなってきました。

  歩き出します。


  6時を過ぎる頃には聞こえていた蝉の声はすっかりなくなりました。

  ふと見ると、歩く自分の影がとても長く伸びていました。


  日中はまだ暑い日が続くようですが、秋は気配だけでなく、確実にもう、います。


  ツクツクボウシの声が、「まだもうちょっと・・・」というように聞こえてきました。

  夏が残っているのがうれしいような、夏が終わるさみしさのようなものを、生まれて初めて感じました。

  暑さにはわりと強いが特別夏好きではない自分が、どうしたことでしょうか。


  死に向かっているからだろうな、と五体大満足の身体で思いました。

  

夜明け前のドライブ

 明け前、4:00AM.

 台風の余韻残る雨風の中、豊橋から緑区までドライブ。


 雨でしっとりとした空気は、夜の濃さをいっそう濃くするから、同じ季節同じ時刻のドライブでも、違った感じを味わうことになる。

 
 夜が明ける頃に運転するのは好きだ。

 そして、こういった濃い夜の色が残る中を運転していると、いつもある感覚が蘇ってくる。

 それは記憶というのかもしれないけれど、カナダを旅行していたときに何回か乗った長距離バスから見た風景。その時の感じ。

 暗闇の中に光るネオンの光はまったく同じではないし、道幅も全然違うし、ここで見えるのは英語ではなく漢字やひらがな。

 けれども、あの深夜長距離バスに乗ったときの感覚が、ワタシの体内を流れる血からジワッと蘇ってくる感じがするのだ。


 5年間自分なりに一生懸命勤めた仕事を辞め、明確な目標などなくカナダで一年過ごしたが、自分の世界が広がったと思えることもなく、そこで出会った人達とも疎遠になり、英語も今ではほとんど忘れてしまった。

 カナダでのことを思い出すことは、日頃ほんとにないのだが、こんな夜明け前のドライブをすると、自分の身体が思い出すのだ。



               

 

 

作手の道の駅で




 豊橋に帰る途中、寄り道をしました。


 新城市作手。 むかし勤務先がここにあり、5年間通った。当時はまだ新城市と合併しておらず、「作手村」でした。


 この道の駅は、ちょっとまえにTVのニュースに出たらしい。

 「トマトとなすを勧めていた」と母から聞いて、作手産の野菜と、以前買ったことのある豆腐屋さんの豆腐を買いました。

 
 上写真は、豆腐屋さんが自信を持って「うまいよ」とおっしゃる豆乳、寄せ豆腐、おからです。

 豆乳は注文すると大きめの容器からペットボトルに注いでくれます。(500CCと1ℓがあります)

 豆腐は木綿豆腐と寄せ豆腐の2種類。ワタシは「木綿ください」と言ったつもりでしたが、家に帰って袋から出したら寄せ豆腐が入っていました。あれ~と思いましたが、ここは「寄せ」がいい、と聞いたのでよかったです。

 豆腐屋のおじさんがおっしゃるには、「ここのもんはここでしか買えんからね。静岡なんかからも買いに来る人がおる。スーパーで帰るようなのとはぜんぜん違うでね」 だそうだ。

 豆腐屋さんは、「ぜんぜん違うでね」を繰り返し言いながら、「ぜんぜんちがう豆乳」をお猪口サイズの器についで試飲させてくれました。
 普段飲んでいる「スーパーで買える豆乳」と比べると雑味がないと言いますか、とてもすっきりしている、すーと身体に入っていく感じでした。

 おからは「生で食べられる」と言って、おまけにくださいました。


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 豆腐屋さんは道の駅の野菜売り場や食堂がある所から少し上にいったところにあります。

 先に豆腐を買ってから野菜売り場に行きました。

 近頃TVで見るような産直市場などを想像していると、かなりこじんまりした野菜売り場です。

 お目当てのトマトはけっこう売れてしまっていて、売れ残った感じのを一袋買いました。(3個か4個で150~200円)

 茄子は立派なのが4本入って100円。甘長ピーマンもあったので買うことにしました。それと黒米があったのでそれも。


 レジに持っていくと、主婦のパートさんのような方が2人いて、何やら目配せしあっているなと思ったら、「このピーマンは昨日摘んだものだからお金はいいです。もしかしたら種が黒くなっているかもしれないから」と言って無料でくださいました。

 この日の夕食にさっそく丸ごと焼いて食べましたが、身は厚くて甘みもあり、種はきれいな白色でした。

 茄子も瑞々しく、そしてあの寄せ豆腐ですが、冷蔵庫から出してすぐはよくわかりませんでしたが、30分くらい経ってから口に含むとふわっとしたやさしい豆の旨さがわかりました。

 冷奴といっても、少し室温においた方がいいというのはほんとですね。わすれていました。


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  この日は親戚がくれた梨・幸水も食べました。初梨です。


 美味しい豆腐に野菜、果物、ビールも久しぶりに飲みました。

 いつもより大きなお風呂と、畳の部屋での就寝。


 「旅館に泊まっている気分だ」と、思いながらぐっすり寝ました。



    


 

プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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