シミの似合う場所

 自分の顔に大きいシミがあるなあと、時々思い出すことがある。


 シミというのは、紫外線に当たってメラニン色素が破壊だかなんだかされてから、5年とか十年してシミとなって出てくると聞いた。

 ワタシはその昔、紫外線が何パーセントだか強いという山の学校で働いていた。

 防止や日焼け止めは一応していたが、夏の暑い日差しの中で運動したり畑仕事をしたものだ。

 またその後、カナダを旅行中は、夏の間オーガニックファーム巡りをして、やっぱり強い日差しの中でカナダ人の大人子どもと一緒に畑仕事を楽しんだ。


 その後今までも、ワタシの日焼け対策はどう見ても甘いので、このまま行くともう十年後には、顔が真っ黒に見えるほどになっているかも知れぬと思う。

 それは正直、まったく望む所ではない。

 シミだらけの真っ黒はいやだ。

 だけども待てよ、と思い出す。


 カナダで会った農家のお母さん達は、大概顔にシミがあった。または日焼けして赤黒かったりした。

 それでもそれがマイナスイメージになってワタシの目に映ったか。

 NO

 ざっくりした白いシャツを着て、緩めのパンツのすそを少し上にたぐって、片手に鍬を持ち、裸足で畑の土の中に入っていったお母さんの日に焼けたあかい顔を思い出す。

 よく動いて筋肉質の細い身体も思い出す。

 大人たちは昼間っからワインを飲み、子どもたちと一緒に芋を掘り起こしたりした。


 シミが似合うくらいの、そういう居場所をいつか見つけたいものだと思う。



 


 

 

 くらも散って、もう新緑の季節です。



 この時季ひどい花粉症のワタシは、寝不足運動不足になる。

 今日は久しぶりに歩こうと思いつき、マスクと花粉をあまり吸い付けないと言うジーンズを着用して外に出た。


 ああほんとに、緑がわいわい言っているようだ。

 淡い色の若葉も元気だが、今日はなんだか垣根のレッドロビンの真っ赤なのがやけに目に付いた。

 レッドロビンの足元に黄色や紫、オレンジに白のビオラたち。

 イロイロイロイロ

 もうハナミズキも咲き始めていた。

 
 下校していく中学生の流れに逆らうように歩く。

 4月の中学1年生はなんと可愛らしいものか。

 個人的には大きなランドセル姿の小学1年生より、制服に覆い被られたような中1の方がカワイイと思う。

 
 いやほんとにあったかくなった。

 ビールが飲みたくなるなあ。

20年代

 ジオ深夜便を聴く。


 何のせいだか、夜中に目が覚めてしまったとき、すぐにラジオをつけてしまう。


 ラジオ深夜便の3時台は、『にっぽんのうたこころのうた』

 先日は昭和20年代だった。

 「20年代かあ」と思った。

 自分が生まれるよりかなり前なので、あまり楽しめないだろうと残念な気持ち。

 ラジオを消してしまおうかと思ったのだが、どうにも眠れないので仕方なく聴き続けていると、そのうち20年代が始まった。


 誰だったか男性歌手だったが、これが「ん!」という感じ。よい。

 2曲目。スイングの女王と言われた池まり子とかいう人。

 これ聴いて、ますます目が冴えてしまう。

 この人女王なのに、かなり下手くそだ。いや、うまへたと言うのか。

 歌詞がまたよい。

 曲名は『恋のスイング』だったか、そうして

 ”あなたは川上にすんでいて~・・・  わたしは川下に~・・・”

 などと歌っているのだ。


 なんてシンプル。

 そしてこのウマヘタ感。

 「やるな」とつぶやいてしまう。


 昭和20年代と言えば戦後。

 日本中の人々が厳しい環境で必死に生きていただろう時代に流れていた歌は、いろんな種類の歌があって、明るくて、その下に強さみたいなものが感じられる。けしてハッピーでない内容の曲でも、なんだかあっけらかんとしている感じなのだ。

 
 今回の震災の後、ラジオから流れてくる曲は、癒しとか、元気づけとか、「あなたはひとりじゃない」というようなものが多い。それは、震災で被災者になった人と、ならずに普通の生活が続いている人がいるからだと思う。

 勿論辛い経験、生活を味わう人はいないのがよいが、みんながみんな辛い中でなんとか生きていこう、這い上がろうとするときには、何か新しかったり力のあるものが生まれてくるのかもしれない。
 
 

 しかしこう心地よく反応している自分の中には、20年代の血が流れているのかも、と思ってしまうのだった。

プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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