自作


  青シソ

 GWに帰省した時もらってきた青紫蘇が茂り、うれしい光景だ。


 シソは移植を嫌うそうだ。それで昨年は失敗した。今年は鉢の中で小さく育ったのをそのままもらってきたのだ。

 適度に大きくなった葉を摘んで、納豆に入れ、サラダに加え、豆腐に添え、味噌汁にも浮かべる。シソの香りがする味噌汁は思った以上に気に入った。

 「鉢の中に一本残すぐらいがいい」
 間引きについての母の答えだ。

 それで昨日間引きに踏み切った。鉢の中がこんもり森みたいになっているのが良かったのだが、今後のことを考えて仕方ない。
 しかし、鉢に一本ということにはならず、五本くらい残してしまった。こんくらいあってもイケるかなあという気持ちがよぎってしまった。

 間引きしたシソたちは、引っこ抜くとき、すんなりとは抜かれませんからね、ここまで育ったんですからちょっとは踏ん張りますからね、というような抵抗をはっきり示した。刺繍糸ほどの太さの茎と短い髭のような根っこでもって示した。

 ですから、土の絡まった髭根っこは切ったものの、刺繍糸の茎は食べた。
 細くても繊維があるので細かく切って、炒り豆腐に入れた。


 葉を入れた納豆も、今回は自作。

   納豆①

 蒸した大豆に市販のパック納豆を混ぜて発酵させて作る。
 初めて作ってみてまずまずの出来だったが、もっと美味しく作れそうだ。
 安くて簡単でたっぷり作れる。冷凍できるので、これからはこれだ。

     納豆②

 

うたがわれる人


 春うらら。

 町の中は、いつのまにか色とりどりの花々で賑やかだ。


 買い物にでかける。
 陽気もいいので、自転車に乗って行くことにした。この季節は自転車乗りにもうってつけだ。

 信号のない横断歩道で止まる。
 片側の車線は車が並んで信号が変わるのを待っている状態。もう片方からは、パトカーがやって来た。
 パトカーはゆっくり向かって来ているし、横断を待つ自転車を先に通してくれるはずと見こし、ゆっくりと横断歩道を渡った。

 この横断歩道は、だいたいにおいて渡るのに待つことになっている。流れている車たちは、横断者のために止まってくれることは少ないからだ。それを今日は、ほとんど待たずに渡れた。パトカーラッキー。

 そう思いながらしばらく走っていると、「すいません、こんにちは」と後ろから声が来た。
 自転車をこぎながら振り返ると、先ほどのパトカーが斜め後方におり、一人の警察官が窓から顔を出して「すいません」と私に向かって言った。
 なに?と思って停まる。
 パトカーも停まり、警官一人が降りてきた。若いが数年は警官として仕事をしているふうな感じ。180センチ弱かと思われる身長。太ってはいないがしっかりした肉体を感じさせる。その眼はこちらの目をしっかりと捉え、ちょっとの動揺でも現れようならどうしてくれよう、というものだ。
 「その自転車に鍵は付いていませんか?」と訊く。
 私の自転車は、埼玉の自転車やからネットで買った中古のもので、自転車そのものには元々鍵はなく、ループ錠を二つ使っている。
 そう言うと、「自転車の盗難が多いものですから。この辺りにお住まいですか?」とまた訊いてきた。
 そのうちに、もう一人の警察官も降りてきた。こちらはもっと若い感じで顔つきややソフトやや青白い感じ。でも背は180㎝以上。
 二人の警察官に左右から挟まれる。
 「登録が埼玉県になっていますが、愛知県でも是非やってください。」と言われる。
 そんなのやりませんと思いつつ、「はい」としっかりした口調で答える。
 「では、すみませんでした」と言って二人の警察官はパトカーに戻って行った。

 
 自転車泥棒と疑われた自分。
 鍵の問題ではないと思う。
 自分の風貌がそう思わせたと思う。
 自分もそちら側の人になったんだな、と思った。




 

Tシャツで


 夜。風呂に浸かったでなく、シャワーだけ浴びてから半袖Tシャツを着てベランダに出た。

 寒くない。心地よい。

 また季節がすすんだようだ。

 ニュースでは花粉飛散も最高潮から抜け出しつつあるという。自分の症状からみると、その終焉はまだまだだが、鼻水の質が変わった気がする。花粉症が3月始めに始まりしばらくは、するすると水のような鼻水が出た。それが近頃は、粘着質のものになり鼻が詰まる感じがある。特に夜中と朝起きた時。起きた時は、水状のと粘着と交互に来たりする。

 こないだ一つバイトが終わってから、薬を飲むのを止めてみた。たまに症状の酷い日があるが、飲んでも飲まなくても、そうたいした違いがないように思える。
 ある知人は、腸内環境を整えることにより、薬に花粉症を治そうとしている。主に、毎日450gのヨーグルトを食べ、一日おきに納豆を摂取するというのがその方法。それで昔より症状は軽くなったらしい。
 
 ここの所お通じが良くなってきているので、わたしもそれに倣っていこうかと思う。歳も取ってきているから、こういうことも鈍感になってくるはず。来年は薬なしが夢。

いやはや

 保有していた免許の更新講習を終え、最後の手続きを済ませようとする。

 
 更新するのに古い免許状のコピーがいる。今回私は3枚やらなければならない。さてコピーしよう。あれ、2枚、無い。
 ここにあるべき、ここ二しかないはずというクリアケースの中に、無い。一枚しかない。
 ケースの中にはそれほど多くの書類が入っていなかったので、確実に無いことが分かるのに1分もかからなかったのだが、何度も何度も確かめて5分。無い。どうみても一枚だけだ。それから、もしやと思われる場所もひっちらかし、「ちょっとちょっと」「どうしてよ」と言いながら探して30分。無い。

 しばしボンヤリする。

 記憶をたどる。
 免許状を去年の秋に2度コピーした。自宅でしたはずだ。しかしコピー機周辺にも免許状はなかった。
 もしやそのコピーを提出した所に置き忘れてきたのか?訊いてみようか。しかし忘れていれば、こちらの連絡先を知っているので連絡が来るはずだ。それでも念のため、恥ずかしいけれど訊いてみようか。

 メールで訊いてみようとHPを開く。
 メールフォームに行きあたるまでをサアーっと読んでいて、何かひっかかるものがあった。
 「B5のコピーを提出」
 B5?持っている免許状はA4。家のプリンターは拡大縮小ができない。・・・ん?

 「もしや」と思って一度PCを切り、最寄りのコンビニSに行く。
 商品出しをしている店員さんに、「確かではないのですが、去年の10月くらいに・・・」と言って忘れ物で免許状がなかったか尋ねる。
 「去年ですかあ」と言いながら、作業の手を止めて忘れ物を確認しに行ってくれる。
 
 コンビニSには、免許状はなかった。
 店員さんは、ごめんなさいと言ってくれる。
 まさか捨ててしまったのだろうか。その可能性は、自分にはありうる。

 Sを出て、もしやついでに、次に近いコンビニFに行ってみることにした。
 レジにいた店員さんに事の次第を言うと、お待ちくださいと言ってしばらく奥に消えた後、再び現れた店員さんは、「すみませんがお名前は?」と訊いてきた。
 名前を伝える。
 再び奥に消える店員さん。
 もしかしてもしかして。小さな希望うまれる。

 「こちらですか?」
 店員さんの手にあったのは、まさしくわたしの免許状2枚。
 お礼の言葉を大きな声で思いを込めて伝えたのは言うまでもない。

 いやはやしかし、そしてまさか。
 この1件をヒマしている母に話そうかとも思ったが、免許状をなくすなどということをするいい年を大いに過ぎた娘を心配させる方が大きいと考え、止めた。



 


 朝目覚めたら、鳩の鳴き声がした。

 ぽーぽー ぽぽー 、ぽーぽー ぽぽー、 ぽーぽ ぽっぽぽー 、ぽーぽ ぽっぽぽー

 鳩の声はのんきだ。
 春の鳩の声はのんきだ。

 鳩の似合う季節は、と考える。
 冬と春、と思う。
 寒い冬、薄雲った空に走る電線にとまった鳩が一羽。ぽーぽーと鳴いている。その声はのんきなのに哀しい。のんきだから哀しいのか。
 春の鳩は、ただのんき。聞いているこちらも平安の気持ち。

 布団の中でストレッチをしながら聞いていたのだが、少ししたら止んた。
 かなり短い時間だった。
 どこかに虫を見つけたか。恋人を探しに行ったのか。

 春の鳩、鳩自身はあまりのんきでないのかもしれない。
 

おめでとう


 日曜日に用事があってリアルタイムで聴けなかった大相撲千秋楽を昨日ユーチューブで観た。

 結果は聞いて知っていたけれども、映像を観て、「わあ」と声が出た。
 夕食前で、ものすごく空腹で、シャワーも早く浴びたいと思いながら観はじめたのだが、優勝インタビューも含めて30分は観ていた。
 
 自分は、日本人力士だからより応援するということはない、と思っているが、いつになく「おめでとう」と思った。日馬富士が優勝した時より、思った。
 危なげ・弱さがあると言われてきた稀勢の里が、横綱になって初めての場所で優勝。

 応援に来ていたご両親が映った。お父さんと稀勢の里、似ていた。

 
 本割と優勝決定戦、相手の照の富士もいい顔だった。


お彼岸に


 沈丁花

 花の季節だ。
 木蓮、山茱萸、雪柳も咲いた。

 バイトが一区切りついたので帰省した。ちょうど彼岸に入る日。
 玄関に植えられた沈丁花が満開。ときに良い香り、ときに洗剤?と感じられるような濃い匂いを放っていた。
 門を挟んで反対側にあるのはハナモモの木。こちらはまだ蕾が小さく固く締まっている。

 「あのハナモモはお父さんが庭の手伝いしとる時に枝を貰って来て挿し木にして植えただよ。」
 母によると、庭の紫陽花も椿も、亡くなった父が挿し木にして育ったものだそうだ。赤い椿も帰ったその日が満開のようだった。

 3月23日が父の命日だ。
 「お父さんのお通夜のときに、あのハナモモが満開だっただよね」
 と母が言った。
 わたしは全く覚えていない。
 父と母は、仲が悪いことはなかったが、特別良かったとは思えない。それでも、そういうことを母は覚えているのだ。

 春分の日には、父が今年17回忌というのでお寺の法要に行った。参加者は高齢者が殆どだが6,70人はいたのではないか。坊さんの念仏を聴き、順番に焼香し、一緒に念仏を唱え、まだ40過ぎという若い坊さんの講話を聴く。坊さんの話は40分も続き、頭をこっくりこっくりする爺さん数人や「はあ~」とため息をつく婆さん。

 大福ぼた餅いちご

 お彼岸なので近所の和菓子屋に行く。もう70近いご夫婦がやっている小さな和菓子屋。いつもヒマそうであるが、この日はさすがにお客さんの姿が絶えなかった。母が適当に見繕って買った。わたしにはあんこぼた餅と苺大福。母はきな粉のぼた餅と草餅。きな粉ぼた餅にはあんこが入ってなくて、「これなら糖尿にも安心でいいやあ」と母は言った。けれども仏様にお供えしたあんこぼた餅、それからお寺で貰ったあんぱんが、翌日には母のお腹に入るのだ。


 花桃

 再び名古屋に戻る前に、ハナモモの蕾が、その変化がはっきりとわかるくらいに膨らんだ。
 父の命日には満開とはいかないが、いくつかの花は開いているだろう。



 

何が効くか


 今年に入り、トイレにカレンダーをおいてみた。

 貰いものの某野菜ジュースメーカーのそのカレンダーには、大きな野菜の写真が瑞々しく載っていて、トイレの中で見るのに良さそうだったから。ちなみに1月は赤いイチゴで2月は緑のハナッコリー(ブロッコリーと中国野菜の掛け合わせ)だ。

 今月に入り、ある日ふと思いついて、お通じがあった日には〇を点けることにした。
 ちょぼんとした”出”だった時は小さい〇、ご機嫌な”出”だったらば大きな○がつく。

 今のところ、3分の2以上に○がついている。
 便秘症だった自分にしては、かなりな好成績と言える。
 うれしい。

 自分の腸内細菌が良い方向に変化したのではないかと、希望的に推測するのだが、思い当る理由としてクコに実の他に一つ、朝摂取する水分量が多くなったからというのがある。
 湯飲み茶わんにたっぷり2杯のお茶と、それからたっぷり一杯のコーヒーを飲む。それから牛乳も飲む。朝食には味噌汁またはスープも。元々水分をよく摂るほうではないのだが、朝起きてからご飯を食べて一息つくまでの間は、やけにぐいぐい飲めるのだ。前の晩に水分摂取を制限してもいない。
 そういえば、午後5時以降は飲まないようにしていたコーヒーを6時ごろに飲むようになった。仕事から帰るとコーヒーが飲みたいと思うようになったから。だから夕食前に一杯。
 おかげでいつになくインスタントコーヒーがどんどん減っていく。

 お。そんなことを言っていたら、ホラ、トイレへ行きたくなってきた。


 

 

育ちつつ

  わさび菜①


 淡い黄緑のこの方は、2週間前に朝市で買ったわさび菜の分身。

 一束50円のわさび菜の根っこの部分をひとつとっておいて、水に浸した。
 こないだ大根の葉の部分で同様にしたものはダメだった。葉先が枯れて茶色くちりちりになってしまった。日の光がたくさん当たれば育ちも早いだろうと、屋外の日当たりのよい所に一日中出しておいた。当たり過ぎて焼け死にしてしまった。

 今度のわさび菜は、育てようと思いついたのが買って4日ほど経ってからだったが、一日中部屋の中にいて、それも特別日当たりがよい所ではないのだが、ゆっくりゆっくりすこーしづつ育っている。水の中には白く細い髭のような根がのびているのが見える。

 サラダ一食分になるくらいに大きくなるだろうか。
 ならなくてもいいやと思う。 
 小さいけれどもきれいな黄緑が上に伸びているのがうれしい。


     わさび菜②



     


 真冬並みの気温の日がまだあるが、日中の日差しにはしっかり春を感じるようになった。

 バイト先で動いていると、寒い日でも羽織ったカーデイガンを脱ぐようになり、厚めのタイツも鬱陶しくなってきた。

 朝起きるのにも、「さむいイヤイヤ」という身体の声がしなくなってきた。


 そんな中、一回り年上の友人から来たメールには、「初めて冬を惜しむ気持ちを自分に認めた」とあった。
 私はまだそのような段階には行っていない。
 だいたい冬に限らず「季節を惜しむ」という気持ちを味わったことがあったろうか。「桜が散っちゃったなあ」など分かりやすい確認はある。また「早く秋にならないか」と希望することはあるけれども。

 開いたある雑誌の中に生活評論家の吉沢久子氏が言っていた。
 「40代なんて子どもみたいなもの、50代からがおもしろくなってくるんです」
 吉沢氏は98歳。


 10年後の自分はどうなっているだろうか。

節分でした


おに2


 立春の本日、晴天。暖か。

 バイトのある日に雨が降るのも嫌なものだが、休日に晴れれば気持ち良くのんびり過ごせる。
 朝ラジオから流れた小沢健二の軽い歌が口からこぼれて、少しばかりまた気持ち良くなった。


 昨日は節分だったが、一人暮らしを始めてから豆まきをしていない。
 今年もやる予定はなかったが、こないだ母から送られてきた荷物に、袋入りの鬼があったので、彼らを窓と玄関に向かってそれぞれ投げた。赤い方を玄関に投げたら、戸に当たって「ガン」という予想外の強い音がしたので、おもわず「ごめん」と言った。袋の中の白い豆は割れていなかったのでよかった。
 
 節分に恵方巻きを食べるのは、いつからこんなに広まったのだったか。関西の風習だそうだが、ここらの人々も今やそれを受け入れて災いから逃れようとしている。わたしはそれに習わず今まで恵方巻きを食べたことはない。
 風呂から上がったらCメールが母から来ていて、「まめまきもすませ、恵方巻きをたべました」とあった。恵方巻きを漢字で書けているな、と思った後、恵方巻きたべたのかあと思った。

 夕食は自分で漬けてみたキムチを使ったキムチ鍋を食べ、食後に鬼の中のやけに真ん丸な白い豆を口に入れた。
 鬼の中の豆は、チョコレートだった。
 節分には豆。チョコレートでは気分がのらない。


  おに1

顎と舌


 20年近くも前の自分の声を聴いた。

 
 1年生と喋っている声だ。一応、授業の声を録音したようだが、何のために録ったのかよくわからない。研究のため等ではなく、ただ録ってみたようだ。

 今や二十歳を越した当時の一年生たちの声はとても可愛らしくて可笑しい。そして懐かしい。
 聴いた日の夜は、寝る時に彼らの声が自然とよみがえって、しばらく脳内再生していた。
 声が録音されたカセットテープは実家に眠っており、他のものを録音しようと思って持ってきたのだが、それは中止となり、シールに”1年生保存版”と書いて貼りつけた。

 しかしそのテープには自分の声も入っているわけで、嫌でも聴くことになった。
 まだ若かった自分の喋り方は、かなりつっけんどんに聞こえた。
 そしてよく聴くと、舌足らずだ。
 現在の自分は、なめらかに舌が回らないのは明らかだ。これは人前で喋ることがなくなってから、頭を使わなくなってからだと思っていたが、そうでもなかったらしい。
 舌足らずになった原因を考えていて一つ思い当ったことがある。
 顎が出てきたことだ。
 子どもの頃、わたしの下あごは前に出ていなかった。正常位置に収まっていた。しかし、今や顎関節症と診断されるように、顎がずれている。「イー」と言うように歯をむき出すと、下の歯が前に出ている。ものまね芸人のコロッケが岩崎宏美のまねをする時のあの顎の軽度のやつである。
 この下顎のずれによって、舌足らずが引き起こされたのではないかというのがワタクシの考えなのです。

 ずれはいつ頃から始まったのか。
 それがどうも高校の頃ではないかということが、これも実家に保存されていた卒業写真によって判明した。

 
 いずれ実家には弟家族が住むようになる予定なので、徐々に自分の部屋や残してあるものを整理していかないとと思っている。
 帰省の度に少しづつやっている。
 金目のものは何も出てこないが、忘れていた、あるいは新発見の自分に関するものが、まだまだ見つかるかもしれない。


 
 

72代


 72代横綱 稀勢の里が誕生した。

 72という数字は稀勢の里に合っている感じがする。

 稀勢の里が横綱になることには、あまり関心がなかったが、なったからには応援してしまうと思う。
 どの横綱も、綱を取ってから頑張っているんだろうと思うし、稀勢の里はきっと真面目に精進するだろう。
 これからどんな成績や結果を残していくかわからないが、だめな成績になっても、気持ちだけは強く持って面白い相撲を取ってもらいたい。ガンバレ稀勢の里。


 少し前に知り合いになったお宅のぼっちゃんは、小学2年生。
 先日会った時はおじいちゃんといた。そして二人で力士の呼び出しをしあっていた。
 「きせーのさとー」とおじいちゃんが言うと、ぼっちゃんの声で「ごうえいどうー」と聞こえてきた。
 声の溜めといい、高低の付け方といい、2年生のぼっちゃんは、おじいちゃんの上を行くうまさだった。
 「ぼく大相撲だいすき!」
 とぼっちゃんは言った。そして、
 「大砂嵐が一番好き!」
 と言った。
 ぼっちゃんはすこーし障害があるが、力士呼び出しにおいて、あれほど上手にできる小学生はそうそういないだろう。


もちいももち

  とちもち

 日本人の餅の消費量は年々減少しているという。
 米離れ、餅離れ。
 かく言う自分は、米は常食しているが餅にはあまり関心が無い。

 しかしここの所、餅を食べる日が続いている。
 というのは、友人と母から餅を貰ったからである。

 上の写真の餅は黄味がかっているが、これはとち餅だから。
 栃の実をすりつぶしたものが入っているのだろうか。素朴な風味のする餅だ。
 けれども強い癖はないので、醤油をつけすぎないようにして食べている。
 
 干し芋も、両者から貰った。
 友人からのは安納芋の干したので、すごく柔らかく甘く、そのまま齧って頂いた。
 写真のは母からので、封を切ったのをこちらに回してきたらしく、固かった。これをとち餅と一緒に焼いたら、香ばしくて味は良かったのだが、時間が経って冷めたら更に固くなった。
 それで、翌日は電子レンジに入れてみた。
 カップに注いだ牛乳も温めたかったので、そのカップの上に干しイモを乗せ、同時に温めるという横着をした。途中でレンジのドアを開けた拍子に芋が牛乳の中に落ちた。ああと声が出たが、そのままもう少し温めて食べた。
 牛乳に漬かった干しイモは、柔らかくなってまずまず良かった。そして、芋を受け止めた牛乳は、芋の甘味も受け止めたようで、甘さを増しておった。

 
 そして今日は、昼食にぜんざい。
 母からの白い餅で。

   ぜんざい

 米屋さんの作った白い餅もうまかった。

今日


 千秋楽を前に稀勢の里の優勝が決まった。

 ライブでのラジオ放送は聴けなかったのだが、7時のニュースのトップで取り上げられた取り組みの音源を聴き、拍手しながら「おめでとう稀勢の里」と言った。

 稀勢の里の横綱昇進が審議に上がるかもと言われている。すれば若乃花以来19年ぶりの日本人横綱とか。
 でも、昇進しなくてもいいと思う。
 わたしたちを楽しませてくれればいいと思う。
 
 力士たちが好取組をしてくれればいい。
 今場所だって、横綱二人が休場になり大関陣も芳しくなかったが、第一に稀勢の里だがその他若手も楽しませてくれた。
 幕下に安美錦ががんばっているのを知って、ちょっとうれしかった。
 だいたい近ごろ、四股名を聞いてもそれが日本人だかモンゴル人だかわからないことだってある。

 それでも日本人横綱が誕生したら、やっぱり相撲人気は高まるのだろうか。

 
 今日の千秋楽、稀勢の里・白鵬戦。
 稀勢の里、勝ってほしいなあ。

 


とち餅

おばさんの野生


 雪で白くなった朝、地下鉄に乗った。

 電車が遅れているというアナウンスがあり、私はプラットホームにあるベンチに腰を下ろした。
 隣に70歳くらいかと思われるマスクをしたおばさんが座っていた。
 私が座ったかどうかというタイミングでおばさんが話しかけてきた。
 口を覆ったマスクを下にずらしながら、
 「その上着(私が来ていたもの)いいわねえ。わたしのは去年まで使ってたのがチャックが壊れちゃって、それでこれに買い替えたの。去年までのはけっこういいやつでねえ、ここ(袖口の所)に丸が付いてるやつ。」
 この上着の話を三度ほど繰り返した後、
 「わたし今から中川区まで働きに行くの。緑区に住んでるから遠いじゃない?それにお金もかかるしねえ。もっと安くなればいいのに。それに眼科と皮膚科にも行かないといけなくて、またお金かかるでしょう。もうやだよねえ。もっと安くならんかねえ。」
 マスクを取ったおばさんの口の隅に唾がたまってきた。それをグイと拭った手で、私の腕をたたきながら話し続けるおばさん。
 「わたしもまだ年金貰うまで4年あるでしょう、今61だからさあ。」
 ・・・まだ61だったか。
 「もうわたしなんてバカだからさあ。なんにもできん。奥さん(私のこと)みたいならいいわねえ。」
 大概うすらばかに見られる私の何を見てそう言うのか。しかも私が何者かまったく知らないのに。
 その後おばさんはこう言った。
 「奥さんとか先生やってる人なら、いいわよねえ」
 自分が教職から離れてもう数十年にはなるが、私はちょっとびっくりした。
 このようなおばさんの野生の感とでもいうのだろうか、は侮れないものがある。
 「ほんとバカはだめ。わたしみたいのはだめ」
 と繰り返すので、「ご健康そうだからいいじゃないですか?頭の出来はあんまり関係ないのでは?」と言うと、
 「ああ、ほんとそうだよねえ。頭良くたって人殺すひといるもんねえ。ねえ、頭良い人で人殺すひとねえ」
 
 そしてついと立ち上がったおばさんは、私の腕をたたきながら
 「どうも有難うございますねえ奥さん。わたしの電車が来るから行かないと」
 と言って流れる人波に乗りながら、プラットホームのさらに奥の方へと消えて行った。




ごちそう

 3連休に帰省する。

 「こんど帰ってきたときに、うなぎ食べに連れてってほしい。それが伯母さんとわたしのリクエストだで」
 事前に母からの電話。伯母さんとは母の姉で、つまりババ二人は鰻が食べたい。

 一昨年の年末に突然の眩暈に襲われ入院した母は、i未だ、車窓の景色が流れるのも、時々目が回るようになるらしい。伯母さんも確実に年寄りであるので、なるべく近場がよい。そして、「うなぎの後にソフトクリームね。」ソフトクリーム好きの伯母さんの毎回のリクエスト。
 帰省の前にネット検索で調べをつけて、静岡の愛知県寄り、舞阪というところの鰻屋に赴いた。


 ネットで見たところでは大変人気の様子だったが、正月明けだからなのか、天気が良い3連休で皆さま行楽地などにお出かけなのか、店の大きさに対して客数はかなり少なくがらんとしていた。混んでなかったのは良いことだったが。

 結構大きな店ということから、実の所私自身はあまり高い期待は抱いていなかった。出資者でもあるババ二人の気が済むくらいの料理が出てくればいいと思っていた。そして全く、気の済むほどに美味しかった。とにかく「鰻食べたい」というババ達の合格ラインはクリアできたようだった。畳敷きのテーブル席も綺麗だった。接客係の少し疲れたような顔の中年女性がややぶっきらぼうに感じたが、それは、”ひと”が気になる私だけが感じていたことだろう。

 ババ二人は「女性に人気”ひつまぶし膳”」を、私はシンプルな「うな重(肝吸い付)」にした。ひつまぶし膳には茶碗蒸しも付いていて、けっこうな量に見えたが、二人は私よりも早くに食べ終えた。

 鰻屋から車で10分も行かない所に次の目的地のケーキ屋があった。
 「うなぎ結構な量あったけどすぐにソフトクリーム食べられる?」と訊くと、「食べれるたべれる。甘いものは食後すぐに食べた方がいいから、糖尿の人にもね」母は糖尿なのだ。
 ほったて小屋にそれらしくペンキを塗ったような小さなケーキ屋さんのソフトクリーム(引佐牛乳使用 250円)は、大正解の美味しさだった。ミルクの香りと味がしっかりして且つあっさり。口元がひらひらと広がった形のぱさぱさウエハースコーンにもられたソフトはうず巻きも美しく、コーンの底まで正しく詰まっておった。ショーケースに並んでいた6種類ほどのケーキは、かなり素人っぽい見た目だったが、それからすると意外と言っても良い美味しさだった。

 帰り道、違うケーキ屋に寄り、伯母さんは同居する息子夫婦のためにケーキを買った。その個数には自分も含まれていた。
 そして帰宅直後に我が母は、「ああ喉が渇いた」と言ってミカンを食べ、一応糖分控えめを謳ったジュースを飲んだ。
 年に何度あるかないかのご馳走を食べた私は、ただコーヒーを飲んだ。

 3キロ太るというのが長らく自分の目標であるのだが、ババ二人に付いていけば叶いそうである。



 

 
 

善玉に?

 年末からここまで、いつになくお通じが好調だ。


 いささか良過ぎるときもあり、身体に取りこまれるべきものまで排出しているのではなかろうか、と思うこともあるが、詰まる苦痛を考えれば兎に角有難いことだ。
 
 ヨーグルトや納豆、めかぶ、バナナ、こんにゃく根菜等、お通じに効くと言われる食物をとりたてて積極的に食べているでもない。よく運動しているわけでもない。お通じ食品をよく食べたり沢山歩いたりしていた時より、今はとても快調なのだ。
 腸内細菌が悪から善へ変身したものと思われる。しかし一体何が良かったのだろう。

 しばらく前から食べ始めたものが一つあるのに思いつく。
 クコの実だ。
 クコの実は血の巡りを良くするとかで、貧血にも良いだろうということで食べ始めた。ちょっと調べてみたら、目にもいいし、血流の関係からか腰痛にも効果があるという情報を得た。

 まず、ハチミツに漬けたり焼酎に漬けてみた。漬かって柔らかくなったものをヨーグルトに混ぜたり、赤く色づきクコのエキスが抽出されたであろう酒を呑んだり、または煮物やスープに投入したりして摂取していたのだが、近頃は乾燥したそのままをポイポイと口に入れてしまう。入れてすぐに齧ると歯にくっつくので、しばらく舐める、チョコレートを溶かすように。皮の部分がだんだんと柔らかくふやけてゆき、さらにぐいぐいと舐めていくと、終いにちいちゃい粒がぽつぽつ残る。実には種があるものだ。これを齧る。たいがい一粒は歯のあいさにはまる。

 朝散歩から戻った時と、昼食後や小腹が空いたような時に3~5粒づつ齧る。クコは過剰摂取は気をつけた方が良いそうで、血圧降下の作用もあるので低血圧気味の自分も一日10粒くらいが適量と思われる。
 そしてクコには整腸作用もあるらしい。
 まず信じることから始まる。ということで、とりあえずわたしはクコの実を信じることにした。

 便秘が去った今、次なる目標は決まった時間に排出できるようにすることだ。
 これが新年の抱負になるのだろうか。

くしゃみ

 スズメがくしゃみをしました。

 低い屋根のはしっこで一羽とまったスズメがくしゃみをしました。

 大きなスズメでした。

 スズメは8回くしゃみをしました。


新年ぽいこと

 正月3が日が過ぎました。
 世の中がまた「ON」になってゆく感じです。

 この三日、年の初めというようなことで自分は何をしたか。
 今一つ二つ納得いかない初詣の他に、まず、歯ブラシを新しくしました。
 元日に、頂き物のドリップコーヒーの中から一番上等そうな”キリマンジャロブレンド”を選び、飲みました。

 それくらいです。
 特に新年だからやることでもないのですが、「年の初めだし」という気持ちを持って行いました。

 お節料理も雑煮も食べていません。ちょうど材料が家にあったので、なますと黒豆だけは作って食べました。
 黒豆は実家の母に送るというのがメインの理由ではありました。それで、自分の味覚より少し甘めにしたのですが、上出来と言ってよい仕上がりでした。人にあげるのがうまくできたので、たいへんよろこばしい。これで祝い事で使うような器でもあればなあと思いました。

  


     黒豆


 

 

初夢


 新年になり初めて見た夢を初夢としてよいと聞いた。
 昨夜のが今年の初夢となる。

 登場人物は自分の他に、高校時代の友人や知らない幼女や知らない中年男性などだった。細部はもうよく覚えていないのだが、何かしら私たちは家の中で遊んでいた。家は東南アジアやアフリカ辺りにありそうな竹や大きな葉っぱで組み立てられたようなもので二階建てだった。ふいに私は外の異変に気付く。様子を見に行くと、玄関の前に獣たちがいた。コモドドラゴンみたいなやつや毛の生えた肉食獣といったやつが3,4頭いて、何やらムシャムシャと目を血走らせてがっついている。食べられているものはよくわからない、大き目の卵が見えた。しかし卵だけではないことは、血にまみれた獣らの口でわかった。真っ赤な口を動かしながら時々首を上げる獣の目は笑っているように悦びに満たされているように見えた。
 やがて奴らはこちらへ来るだろう。私たちを食べに来るはずだと私は思う。
 走って2階で遊んでいるみんなの所にそのことを告げに行くが、遊びに夢中の彼らの反応は薄い。
 そこで私は1人、どこかからライフルのような銃を取り出してくる。しかし撃ち方がわからない。
 それを見た中年男性(なんとなく西洋の外国人だった気がする)が遊びを止めて銃の操作を教えに来てくれる。
 いつの間にか他のみんなもそれぞれ手に様々な銃を持っている。
 そしてみんなで階下に降りてゆき・・・

 という所で目が覚めた。
 一番大きな印象として残ったのは、血みどろ。
 これが今年の初夢だ。



 

 いつも路駐の車で埋まっている家の前の通りは、一台も見えず。
 すっきりとした朝。

 昨日と違うコースを歩いてゆく。
 玄関ドアと車庫であろうシャッターに正月飾りを飾っているお宅から、ホットケーキを焼いたような香りがする。元日はお節、二日はホットケーキか。
  
 交差点。こちらもいつもなら信号待ちの車が続き左へ右へ曲がる車で忙しいのだが、車も自転車も歩く人の姿も、まさに人っ子ひとり無し。「ぱっこーぱっこー」という横断歩道の音がわたしの為だけに響く。もったいないから休んでいてくださいと言いたくなる。
 その先のスーパーは今日も休みか、この時間人影見えなくてもふつうなのだが、建物自体がなんとなく休んでいるようだ。
 
 年中無休の店が増え、正月も普通に買い物ができてそれは便利だけども、一日位全国全員休んでみてもいいんじゃない?
 ・・・と言いながら、わたしは昨日の元日にちょこっとアルバイトをしてみた。元々、他人が休むときに働くという立ち位置だったから。チェーン展開の食べ放題の飲食店。わたしはたった2日3日の補助要員なので洗い場担当。しかし元日からこんなとこにお客さんくるのか?と思っていたのだが、それが来るのだ。3~4時間の洗い場は手も足も休むこと一瞬もなく、いやはやタイヘンな仕事場であった。食べ放題店の洗い場はやるもんじゃない。もちろん食洗機が洗ってくれるのだが、そこに入れて上がったものを片付けるのがもう大変。「食洗機をとにかく休ませず動かし続けること、できればですが」と笑顔でマネージャーに言われたが、「努力してみます」としっかりした声で答えながら、初めからそんなことはあきらめて取り掛かった。
 時給に見合った仕事を自分はやりました、と言える労働だった。「今日はヒマです」とマネージャーが言った。自分の働く場所ではないとよくよく分からせられた言葉であった。


 今日はのんびり何もないので昼間もちょこっと歩く。
 セルフうどん店は満車。ハンバーグ屋からあふれ出ている肉を焼くにおい。ケーキ屋に入っていく小さい子どもを持つ家族連れ。
 朝見たスーパーは、駐車場入り口に鎖が張られたままで、ただしく休みだった。
 


  

初詣


 だれにともなくあけましておめでとうございます。

 あたたかい新年の幕開け。
 なんという感慨もなく大晦日が過ぎ、今年の抱負を考えることもないが、すっきりした青空の元旦というのは、元旦でない同じ陽気の朝とはちょっと気分がちがうような気もする。


 朝8時。
 いつも飲んでいるふつーのティ―バッグで生姜入りの紅茶をぐいぐいと飲んでから、近所の氏神様であろう神社にいわゆる初詣に行った。この季節、セーターやズボンなんかは二日三日続けて着てしまうが、やはり元旦初詣ということで、洗い立てのものを身に付ける。ポケットにお賽銭とハンカチだけ入れて家を出た。


 町は静かだ。車の音がまずしない。
 しかし少し歩くと、駐車場が沢山の車で埋まっている所があると思ったら、チェーン店の珈琲屋だった。元旦モーニング。自分以上に元旦もふつうに過ごす人が多いなあと思ったが、店で珈琲を飲んでいる人の中には、除夜の鐘を突いてきたり、初日の出をどこかで見てきた帰りだったり、遠くの有名神社で初詣を済ませてきた人たちがいるかもしれぬ、と気づく。


 歩いて5分ほどにある神社も、まったく静かで人影見えぬ。と思ったら、紺色ジャンパーを着たおじさんが一人現れた。しかしおじさんは私のような詣で客ではなかった。神社の隅にある焼き場のすすをスコップでごそごそし出した。きっとこれから参拝しにくる人々のためにそこで焼き芋や甘酒をふるまうのかもしれない。
 「おはようございます」とおじさんに言うと、おじさんは「ん!?」というような顔をして、一瞬間が開いた後に小さく「おはようございます」と返してきた。

 手を洗い、神様の前の誰もいない賽銭箱まで進む。
 お賽銭を入れてお辞儀をしようとしたら、賽銭箱の向こうの戸の閉まった神様が祀られている部屋の中でガタガタっと大きな音がした。なんだ!と思ったら、さっきと別のおじさんが、なにやら探し物をしているようだ。おじさんすぐ消えるかと思ったのだが、なかなか消えず。少しの間おじさんに気を取られていたが、いや自分に集中しなくてはと気持ち引締めた。けれどもおじさんに姿がかなり近くに見えるので、結局なんだか非常に中途半端な気持ちでお参りを終えてしまった。 

 
 そのまま少し散歩をする。
 犬を飼う人たちは、いつも通り散歩をしている。
 家を出た時よりまた雲が消えて、青い空が広がっている。

腕カバー


 眠れない夜が過ぎれば、よく眠れる。
 昨夜いつもと同じように9時過ぎには布団に入り、トイレに起きて時計を見たら6時10分を示していた。「朝だ」小さく声に出るほどに驚きうれしくもあった。夜中一度も起きなかったのは何か月ぶりか。


 9時に布団に入ってしばらく本を読むのは毎日だが、ここの所は空気が冷えるので、腕カバーをする。手首が冷えると快適な読書は望めない。
 浅田次郎を初めて読む。『地下鉄(メトロ)に乗って』という確か映画にもなっていたと思うが、吉川英治文学新人賞を取っていた。自分にはあまりピンと来なかったので、流して読み終える。こないだ読んだ東野圭吾の『新参者』がわりと面白く読めたので同じ主人公のシリーズのを手に取ったが、同じほどには愉しめない。作家という人はいろんな話を作り出すなあとは、いずれにも感心する。

 
 洗濯物を終えて朝食を取っている間、お日様がちょうど向かいのマンションに隠れて部屋が暗くなり温度が下がる。
 靴下3枚履いた足元が冷えるので思いついて腕カバーを装着してみた。
 腕カバーは足首保温にも効果あり。


眠れぬ


 この2,3日、夜中に起きて再び眠りに入るのにつまづいている。

 
 もともと夜中だいたい1時くらいに1度トイレに起きるのだが、いつもだとまたすぐに寝入ってしまう。
 それができない。
 本を読んでも、英会話のテープを小さな音量で聴いても、あたたかい牛乳を飲んでもだめだ。
 昨夜もすべてやったがダメで、しかもトイレに3回も行った。特別水分を摂りすぎたとか夜コーヒーを飲んだとかでもないのだが。
 まあでも、翌日も翌々日もその後しばらくもなんの予定もないし、最初に寝入って2時間は眠っている。まあいいか。

 子どもの頃は8時に布団に入り、朝までずーっと深く眠れた。オネショをした時はさすがに起きるが、その後再びちゃんと眠ったように思う。

 子どもといえば、こないだすれ違った小学校低学年くらいの男の子が大きい声で、「ああーうれしいなあー。ぼく、ほんとにうれしいなあー」と、ほんとうにわざとらしいほどハッキリと声に出していた。
 ほんとうにわざとらしいくらいだったが、子どもだからそれほどはっきりと声に出したいくらいにほんとうなんだろうなあと思って見送った。
 今度自分に嬉しいことが起こったら、あんなふうにはっきり声に出して言ってみようかな。



 

 

競馬ファン

 午後13時。

 店で買い物を済ませて表に出ると、車通りの多い2車線の道路を、向こうから若者が自転車に乗ってきた。
 白っぽい普通の自転車。
 服装も白っぽいものを着用した痩せ型で小柄なその若者は、歩道でなく車道を、かなりの前かがみになりかなりのスピードでやってきた。
 そしてわたしの目の前を通り過ぎるとき、左手を後方に挙げた。その手には、細い棒が握られていた。
 若者は、鞭を表すその棒を、上下に2,3度大きく振った。
 若者は、サラブレッドに乗っているのだ。
 まっすぐゴール(前方)を見つめているはずの騎手(若者)と、一瞬目が合ったような気がした。
 観客の視線に気を削がれているようでは、一着にはなれなかったかもしれない。

 クリスマスは有馬記念だった。

あんなこんな人

 
 10月半ばから始まったバイトが昨日で終わった。

 女性中心に大勢の従業員がいるところで、珍しくいいひとばかりの職場だったのはしあわせだった。


 良い悪いは関係なく、こんな人もいるんだなあと知ることもできた。

 ある50代後半に入る女性、若く見えるがすでに小学生の孫がいるこの方は、とにかくずーっと独り言を喋っている。
 こちらが近くにいるときは、もしかして何か反応を求めているのかな?と思ったりしたが、周りに誰の姿もなく私がいるというのもきっと全くわかっていない状況でも、「えーっと・・・だからこれじゃダメじゃん。で、これはどうするって?」というような感じで、際限なく一人で喋っていた。
 この奥さんは優しい人でもあり、私ともう一人バイトの娘に、おいしいまんじゅうの差し入れをしてくれたりした。

 もう一人の人は凄い潔癖症である、という女性。40代。
 トイレで会うと、手を洗う時間がものすごく長い。私が入る時に既に泡に包まれた両手をごしごしやっていて、私が普通に用をたして出るとまだアワアワでごしごしの最中という具合。その人の家の中は、消毒・塩素のにおいが満ちているらしい。
 この人は、誰かが手作りで持ってきた差し入れには、絶対に手を出さない。また、一度お昼がいっしょになった時、袋入りのパンをその人は食べていたのだが、パンには絶対に手を付けず箸を使って食べていた。己の手すら信用ならないということか。
 この人に会って挨拶する時、ハッキリ笑顔で応えてくれるのだが、その笑顔がなんかうそ臭いと、わたしには感じられたのだが何故だろう。返事のタイミングが若干速すぎるからだけだろうか。


 失敗はちょこちょこあったがとにかく無事に満了できたので、ゆうべは多めにワインを飲みました。



 



 

レデイGはシックな装い


 12月に入ってから、レデイGを二回見かけた。
 
 レデイG,女装のおじいさま。


 一度はちょっぴりスポーテイな雰囲気も感じられるもので、一度はもっと落ち着いた感じだった。
 二回とも全体的にグレーを基調としており、ニットの帽子やバッグ、タイツなどに赤やピンクや深い緑をきかせていた。
 足元は巷の娘や奥さん方がよく履いている感じのあったかブーツみたいなので、もう一度はヒールのある茶色のショートブーツだった。

 レデイGの冬バージョンの様子は、一目で女装している男性とはわからない感じだ。
 スカートではないし、夏のように耳に光るものも見えないし、夏のようないかにも女性の衣服とういようなキラキラしたものは着ておられないから。
 冬のレデイGはシックで、かわらずオシャレを愉しんでいる。
 そして、おみ足に自信がおありなのだ。

うしろまえのススメ

 寒い日は腰も冷える。

 そんなとき、あなたがもしジャージを履いていたら、試していただきたい。

 そのジャージをうしろまえに履いてみてください。

 普通に履くと、腹側にくるポケットが腰の方に来ます。腰側が厚くなるのです。腰が少しぬくくなるのがわかると、少し笑顔にもなります。

 そして、ジャージをうしろまえに履いているのを見て、気にする人はいません。

ツナが。。。

 ツナ缶を食べることは、多くないと思う。
 一年に、5缶くらいだろうか。大きいものではなく薄い小ぶりの缶の方を。

 ツナが好きではない訳ではないのだが、ツナを入れるとたいがいまったくツナの味になってしまうのが好みではない。

 それが、なぜかしらこの何日か前から「ツナを入れたい」波が来た。思い浮かぶ限り、大人になって初めての種類の波だ。

 
 ツナ缶はもうずっと自分で買っていないのだが、時々母が送ってくれる荷物の中に隙間を埋めるためとして入れてくれてある。それが4缶あった。

 まず、冷凍してあったおからを解凍してレンジ加熱し、そこへツナ缶を油汁ごと混ぜ込んだ。冷蔵庫にあった人参や玉ねぎなどを塩もみして入れ、残っていた茹でブロッコリーを入れ、マヨネーズ、自家製ドレッシング、ヨーグルトも少し、粗挽きマスタード、そして胡瓜が無かったのでさっぱり感を加えるために小さく切った林檎を入れ、サラダにした。

 次は・・・と考えて、ツナカレーを思いついた。
 あの懐かしい給食の味だ。
 肉でなくツナだから、野菜類も小さ目に切るといいだろう。きっと時短カレーだ。
 カレールウは使わないしゃびしゃびカレーが自分のいつものやり方で、それがツナカレーに合うかどうか。とにかく作ってみよう。


 サツマイモが余っている。検索したら玉ねぎとツナと水で煮るというレシピがあった。これは作ってみようかちょっと迷う。

 
 焼干しイモ
 芋焼酎のつまみに焼き干しイモ。ほんのり焦げ目が美味しい。甘味がまし香ばしさが加わる。しかしこれは写真の時点からさらに加熱してしまったためちょっと焼き過ぎた。冷めたところを齧ったらかなり固くなっていた。ニッチャニッチャと顎を鍛えるように噛んでいたら、奥歯の詰め物が取れてしまった。



 

プロフィール

isoginchaku

Author:isoginchaku
名古屋市緑区在住。たった一人の弁当屋。
只今休業中。

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